第二部 馨 12

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第二部 馨 12

翌朝黎(れい)は、同僚の現職警官に前嶋のことを話に出かけた。馨は一緒に行くと行ったが、二人で居ない間に車が無くなるのを防ごう、という結論に至ったからだった。 (かおる)の電話が鳴ったのは、黎が出かけて小一時間経った頃だった。 知らない番号。ランドオブライトの壊滅以降、馨の電話に掛けてくる者はほとんどいない。この番号は警察官時代に使っていた番号だった。元の所轄の上司と一度話したきり誰とも会話をしていない。 「・・・もしもし」 「・・・タカツキ・・・カオルさんの携帯ですか」 怯えたような声。しかしどこかで聞いたような気もする。 「誰だ?」 「・・・・・・」 相手側は黙った。馨も黙り、出方を見る。 「・・・馨?俺、わかる?」 名前を呼ばれてはっとする。瞬時に記憶が蘇った。 「もしかして・・・灯馬・・・?」 「馨!」 急にほっとした声色になり相手は言った。 行方不明になった(みさき)灯馬(とうま)。あの爆発の時も監禁されていたはずだが、生きていた。 「灯馬、無事だったのか!」 「馨も!良かった、繋がって・・・」 「・・・どうしてこの番号を?」 「ある人に聞いたんだ。馨が警察官だっていうことも・・・」 「・・・・・・」 「大丈夫だよ、危険じゃない。俺に教えてくれた人は俺の命を助けてくれたんだ」 「灯馬・・・ひとりか?」 「え?うん、ひとりだよ」 「・・・この電話を切って、どこかで待ち合わせよう。そうだな・・・一時間後、○○駅前あたりはどうだ」 「わ、わかった、行くよ」 「じゃあすぐ切るんだ。後で」 灯馬の返事を待たずに馨は電話を切った。 この番号をランドオブライトの人間は知らない。入国するときに預けて電源を切ったきり、爆発で粉々になった。その後番号だけを生かして機種を変えたのだから。 もし知っている人間がいるとしたら、それは入国の時に私物を預けた相手だ。 真北(まきた)晴臣(はるおみ)。 彼も行方不明だ。灯馬が彼に助けられたのなら、彼も生きている。ランドオブライトが解滅して、彼は満足したのだろうか。それとも馨たちと同じく、ひとりで久坂を追っているのか。 馨は灯馬と約束した駅前のファミリーレストランに向かった。 「馨!」 一番奥の席で嬉しそうに笑った灯馬は、少し痩せたように見えた。 「灯馬・・・!」 「久しぶり・・・会えて嬉しい!」 まわりを気にしながら馨と灯馬は向かい合って座った。 「灯馬、痩せたな」 「そうかな?馨は・・・雰囲気変わったね。っていうか、こっちが本当の馨?」 「・・・ああ、そうかもな」 「潜入捜査員だったんだね」 「灯馬、その件だが・・・それを誰に聞いた?」 「・・・・・・」 口を半開きにしたまま、灯馬は固まった。視線を泳がせてあちこちを落ち着きなく見回して、馨に戻る。 「もう、ランドオブライトは無くなったよね」 「ああ。だから大丈夫だ」 「・・・真北さんに聞いた」 「彼は・・・・・・生きてる?!」 「多分・・・いや、わからない」 「多分?」 「最後に会ったのは、爆発の時だから」 奥歯に物が挟まった言い方に、何かひっかかる。 少し間を空けて、馨は聞いた。 「いつ、どのタイミングで俺のことを真北さんに聞いたのか、教えてもらえるか」 「・・・爆発の直後だよ」 灯馬はぽつぽつと、爆発直後のことを話し始めた。 (誰か!誰かここから出して!) 外で聞こえた爆発音に怯えながら、灯馬は叫ん だ。拘束はされていなかった。出口になるはずの壁は何度叩いてもびくともしない。おまけに外部の様子も爆発音以外はまったく聞こえてこないのだ。 (こんなところで一人で死にたくない!誰か!誰か!) 手が真っ赤に腫れるまで壁を叩き続け、もう無理かと諦めかけた時、壁がゆっくりと開き始めた。 半分ほど開いた隙間から、スーツのスラックスと革靴が見えた。 (た、助けて!) (出るんだ、こっちへ!) 長い手が伸びてきた。灯馬は反射的にその手を掴んだ。部屋の外に飛び出すと、廊下も天井も爆発で崩れかけていた。飛び火であたりは熱く、煙がたちこめている。 負傷者が倒れている通路を、真北は力強く手を引いてくれた。それまでろくに会話をしたこともなかったが、彼は早足で灯馬を安全なところまで連れて行った。 (岬くん、いいか、よく聞くんだ) (真北さん・・・?) (この爆発は盟主の命を狙ったものだ。今なら混乱に乗じて逃げられる) (盟主の?!盟主は大丈夫なんですか?!) (心配ない、護衛がついてる。それより君は逃げるんだ) (真北さんはっ・・・) (私は大丈夫だ。それよりもこの電話を持って行くんだ) そう言って真北は一台のスマートフォンを差し出した。 (電話?) (この中には、一件だけ電話番号が入ってる。外に出て、一週間して落ち着いたらそこへかけろ。相手は警察官・・・潜入捜査員だ。きっと助けてくれる) (真北さんはどうするんです) (私のことはいい。それより早く行け。・・・電話の相手によろしくな) (真北さん!) 真北は建物の裏に止めてあった車に灯馬を押し込んだ。後部座席には怪我をした少年が座っていた。助手席にもひとり少女が気を失ったまま乗っている。 どうやら軽傷の者を集めて車に乗せているらしい。他にも二台、車が待機していて、怪我人が乗せられていた。 そして灯馬が乗った車は隣町の病院に向かった。
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