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「蓮見さん!」 待ち合わせの場所で立っている(れい)の後ろ姿に、(かおる)は声をかけた。 馨は規格外に身体が大きいが、黎も決して小さくない。手足が長く姿勢もいい。量販店で買った黒のシンプルなTシャツとデニム姿なのに、人の目を引く。 何より、その顔立ちだ。整っているだけではなく、色気がある。男女関係なく、黎に視線を送る通行人が多くいる。他人を惹きつけてしまうその凛とした佇まいを見ていると、前嶋が彼を「盟主」の位置に据えたのもうなづける。 「遅くなりました」 「いや、そんなに待ってない」 「どうでした?」 「車で話そう」 「はい」 黎は馨の前を歩き出した。徒歩五分のところにあるパーキングに向かう。 赤信号で並んだ隙に、馨はちらりと黎の横顔を盗み見た。この角度からだと、睫の長さが際立って見える。そして右目のわずか外側に小さな黒子(ほくろ)があるのを知った。 肌を合わせるようになってから、馨は気づかれないように黎を観察する癖がついた。 ランドオブライトで出会わなければ、彼とこうして行動を共にすることはなかっただろう。当然、それ以上のことも。 「高坏?」 「えっ」 「何見てる?」 「あっ、いえ」 じっと見つめてしまっていたらしい。不思議そうに黎は馨を見上げている。 「何かついてるか?」 「い、いいえ、何でもありません」 「・・・変な奴だな」 「はは・・・」 それが、恋愛感情による自然な行動だと、奥手な馨は知らなかった。 「これ、食うか」 焦っておかしな汗を掻いている馨の前に、黎は紙袋を差し出した。 「・・・?」 「指定されたのがドーナツの店だったんだ。だから買ってきた」 「あ・・・ありがとうございます」 「何がいいのかわからなくて、適当に選んだ」 袋を開けると、たっぷりチョコレートがコーティングされたドーナツや、カスタードクリームが挟んであるドーナツがいくつも並んでいた。 「どうだ、食えそうか?」 「は、はい。・・・蓮見さん、甘党なんですか?」 「甘党?いや、俺は食えればいい」 「そ・・・そうですか」 馨は砂糖がまぶされたクリームドーナツを選んだ。袋を開けたまま黎の方に差し出すと、彼は無造作に手を突っ込み中を見もせずにチョコレートのドーナツを取り上げた。 紙ナプキンで包み、黎はがぶりとドーナツにかぶりついた。 黎とチョコレートドーナツの取り合わせが不思議で、馨はまた彼が咀嚼するのを盗み見た。この店は若者に人気だった。甘いが食感が軽く、甘党でなくとも食べやすい。 黎はぼそりと言った。 「・・・うまい」 「うまいですね」 あっという間に黎はチョコレートドーナツを食べ終わった。少し遅れて馨も完食したが、さすがに立て続けに二個は食べられなかった。 手を拭いて、馨はキーを回した。エンジンをかけてサイドブレーキを解除しようとした時、黎に呼ばれた。 「高坏」 「はい?」 「こっちを向け」 「え・・・えっ?」 黎の手が伸びてきて、馨の口の横を指でつつかれる。つつかれたと思ったのは、馨の口についていたクリームを拭われた感触だった。 黎はカスタードクリームを人差し指で取ると、躊躇なくぺろりと舐めた。 「は・・・っ・・・蓮見さん?!」 「ん?」 「何をしてるんですか?!」 「何って、クリームがついてた」 「・・・・・・っ・・・」 「カスタードもうまいな」 「~~~~~~っ!」 これは天然なのか、計算なのか。ひどい汗が吹き出す馨の傍らで、黎は既に涼しい顔をして携帯をいじっている。 「蓮見さん、あの・・・」 「何だ?ああ、さっきの話か」 「・・・・・・」 「警察では久坂・・・いや、前嶋(まえじま)か。前嶋の行方は追えてないらしい。今しらみつぶしに探していると言っていたが・・・おい、聞いてるか」 「は、はい、聞いてます」 「だが、情報はある」 「情報?」 「匿名の電話があったらしい。前嶋に・・・拘束されていると」 「拘束されているのに電話が出来たんですか」 「そう本人が言ったそうだ。今はその情報を確認して、場所を特定している最中だとか・・・」 「誰なんでしょう、その拘束されているのは・・・ランドオブライトの人間ですよね」 「だろうな。俺たちが知っている人間だといいが、お前、心当たりはないか」 「心当たり・・・」 そこで馨はついさきほど灯馬(とうま)が言った言葉を思い出した。 灯馬を助けてくれたのは、真北だと。 「蓮見さん、実は・・・」 馨は灯馬から連絡があったことを告げた。黎は腕を組み、しばらくじっと前を見つめていた。 「どうして高坏に連絡が出来たんだ?この番号は警察時代のものだろう」 「それが、俺の番号だけが入った携帯を、真北(まきた)さんに渡されたそうです」 「真北に?」 「はい。おそらく入国したときに預けた携帯の番号を伝えたのだと・・・」 「それは個人情報だろう。真北はそんなことをする男じゃないぞ」 「でも、真北さんはこの電話番号の相手は潜入捜査員だ、と言ったそうです」 「・・・・・・腑に落ちない。何か裏がある」 「・・・蓮見さん、ひとつ、気になることが」 「何だ」 「爆発が起こる前、俺はプレイルームに閉じこめられたんですが・・・シャッターが閉まる直前に、二人分の足を見ました。スニーカーを履いた足と、スーツ姿の足」 「一人は前嶋か」 「ええ、多分。スーツの方は・・・もしかして」 「・・・真北か」 「そんな気がします」 「真北は向こう側の人間だった・・・?」 「もしくは、何か事情があって前嶋の側にいるのか・・・」 黎は黙り込んだ。 最初から謎の多い人物だった真北。黎の信頼を勝ち得たが、あの爆発事故の時には何故か側にいなかった。そして今も行方が知れない。 「蓮見さんはどう思いますか」 「・・・どう・・・か」 黎は遠い目でフロントガラスの向こうを見ていた。馨には、黎の考えていることが何となくわかっていた。 おそらく黎はあの過酷な状況で、真北という唯一気を許せる相手を信用していた。もちろん100%ではないことぐらい、馨も十分承知していた。蓮見ほどの男が、潜入捜査先で完全に気を許すはずもない。 しかし黎はおそらく、真北が「向こう側」の人間ではない、ということを肌で感じているのだろう。 「俺は・・・(みさき)灯馬(とうま)の言っていることは本当だと思います」 「・・・・・・」 「でなければ、特別室の中にいる灯馬は、一番先に見捨てられてもおかしくない・・・非常事態にも関わらず、あの部屋を開けて逃がす労力を厭わなかったのなら、真北さんは味方でしょう」 「・・・そうか」 「真北さんから蓮見さんに連絡はないんですか」 「番号は教えていない。あの中では電話など必要なかった」 「そうですよね。・・・あ」 「何だ?」 「あの・・・俺にやってくれたようにしてみるのはどうでしょうか」 「・・・何のことを言っている?」 「ええと・・・あれです、直接頭に語りかけてくださったやつです」 黎は驚いた顔をして、馨を見つめ返した。黒目の奥をのぞき込まれて馨はぞくりとした。 「届いて・・・いたのか・・・」 「え?」 「いや・・・確かに届いていたのは知っていた。でも、あれは・・・」 「あれは・・・何です?」 「・・・何でもない。あれは、そうそう出来ることじゃないんだ。偶然かもしれない。さもなければ」 「さもなければ?」 「・・・お前、サイキックかなんかじゃないのか」 「は・・・?」 「いや、冗談」 「蓮見さん!」 「そう怒るな。ただ・・・お前の発想は面白いな。 真北と頭で話したことはないが」 「試してみるというのは?」 「非現実的な話だが、やってみる価値はあるかもしれないな・・・」 腕を組み直して、黎は車の天井を見上げた。その瞬間だった。ダッシュボードの上に置かれた黎の携帯電話が震え始めた。 それを手に取り、番号を確認した黎は小首を傾げた。 「誰ですか?」 「非通知だ」 「出るんですか」 「前嶋かもしれない」 「・・・・・・」 黎は通話ボタンを押した。しかし声は出さず、向こうが話し始めるのを待っているようだった。 数秒開けて、黎が目を見開いた。 そして馨の顔を見て、にやりと笑い、スピーカーに切り替えた。 「高坏、通じたようだぞ」 電話の相手は、真北(まきた)晴臣(はるおみ)だった。
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