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「真北、無事だったか」 「ええ、蓮見さんも・・・電話が通じて良かった」 「この番号はどうして知ってる」 「記憶力はいいんです。申し訳ないのですが、一度だけ、あなたの私物を確認する資料で・・・蓮見さん、おひとりですか」 「いや、高坏と一緒だ。彼が助けてくれた」 「そうですか。・・・良かった、やはり彼は優秀でしたね。安心しました」 「真北、お前今どこから」 「・・・・・・この電話は使い捨てです。ですからご心配なく」 「真北」 「私は・・・前嶋の側にいます」 「その名前を知っているのか」 「はい。・・・事情があり、簡単に言えば捕虜みたいなものです」 「一人でどうにかしようと思っているわけじゃないだろうな?」 「・・・おっしゃるとおり今私はひとりです。幸か不幸か、何も出来ません」 「逃げ出してこい。合流しよう」 「・・・その準備はしていますが・・・かなり難しいです」 「・・・・・・真北」 「私を疑っていますか」 「聞く、ということは、そう思われていると自覚があるということだな」 「そうです。疑われても仕方がない状況ですから」 「それでも俺に連絡をしてきた」 「ええ」 「その意味は?」 「・・・・・・」 「真北。俺はお前を信じる」 「・・・蓮見さん」 「もしお前が裏切り者だったとしても、信じた俺が責任を取る。真北」 「・・・はい」 「逃げ出すのが難しいなら、助けに行く」 「蓮見さん!」 「恩は返す。待っていろ」 「・・・・・・」 通話はそこで終わった。(れい)はしばらく黙っていた。 (かおる)は黎が何かを言うのを辛抱強く待った。 「・・・高坏」 「はい」 「聞いていたな。・・・もしお前が真北を信じられなければ、俺は一人で行く」 「蓮見さん!」 「俺はあいつに恩がある。あいつがいなければ、とうの昔に殺されていただろう。俺はあいつを助け出す」 「一緒に行きます」 「・・・高坏」 「言ったはずです。俺はあなたの側を離れない。それに俺だって真北さんのことを信じたい」 「・・・・・・」 「真北さんを助け出して、前嶋を警察に突き出しましょう」 「そう簡単じゃないぞ。それでもいいのか」 「あなたの側を離れません」 馨は繰り返した。黎は無表情に馨の目を見つめ返した。 「つくづくお前は・・・くそまじめだな」 「まじめなのではなく、あなただからです」 「・・・・・・甘い台詞だ」 「蓮見さん」 馨は黎の手を握った。 「俺は本気です。酒を飲んでいなくたってトランス状態じゃなくたって言える」 「高坏・・・」 「・・・今日はかなり冷えるそうです、ホテルに泊まりましょう。レンタカーは明日新しいのを借りる手配をしてあります」 黎は黙ってうなづいた。馨は黎の手を放し、キーを回した。 その晩、黎は馨が準備したビジネスホテルに泊まることにした。人目につく場所の方が安全だと町の中心部のホテルを取った。 シングルをふたつ、とフロントで馨が言うと、今日はツインしか空いていません、とフロントの女性はそっけなく言った。 馨が悩んでいると、黎がそれでいい、と後ろから言った。 「でも・・・」 「かまわない」 フロントの女性はいぶかしげに馨と黎を交互に見た。その意味に気づいて馨は言葉を探したが、うまく返せず黙っていると、黎は馨を押しのけフロントデスクに肘を乗せた。 そして女性の瞳を見つめて低い声で言った。 「ツインで」 「は・・・はい、かしこまりました」 黎は振り返り、にやりと笑って見せた。何故か赤い顔の女性からカードキーを貰うと、黎はさっさとエレベーターに向かって歩き出した。 7階のボタンを押し、ドアが閉まった途端、馨は言った。 「・・・さっき、何をしました?」 「別に何も」 「フロントの女性にグレアを使ったでしょう」 「使っちゃいない。勝手に向こうが反応したんだ」 「・・・本当に?」 「ああ。嘘をついてどうする?」 「色目を使った?」 「色目?」 ははは、と黎は声をあげて笑った。 「彼女はタイプじゃない」 明るく言い放つと、黎は開いたドアをすり抜けフロアに歩み出た。馨もその後に続いた。 709のドアにカードをかざし、部屋の中に一歩足を踏み込んだ黎の背中を馨は力強く押した。 「おい、高坏っ・・・?」 「聞いてください」 オートロックのドアが背後で勝手に閉まり、馨は黎を部屋の壁に押しつけた。 「聞く?」 「もう二度と俺を遠ざけようとしないでください」 「おい」 「信じられませんか、俺が」 「高坏・・・」 「真北さんの正体が誰でも、俺はあなたと一緒に行く。それが理解していただけないようなら」 馨は言葉を切った。そして壁に押しつけた黎の唇を塞いだ。 「なんとしてもわからせる」 「高坏・・・っ」 「警察官だとか、潜入捜査員だとか、今はどうでもいい」 「お前・・・」 「フロントの女性はあなたと話して態度を変えた」 「・・・・・・何を言ってるんだ」 「あなたが誰かに、少しでも色目を使うのが許せない」 「違うと言っただろう」 「俺のタイプじゃない、と言いましたね。タイプだったら、部屋をグレードアップさせることだって出来たんじゃないんですか」 「・・・いい加減にしろ」 「あなたは俺をどう思っているんですか」 「言ったはずだ」 「本心ですか」 「信じてないのはお前の方じゃないのか」 「蓮見さん!」 「・・・・・・本来なら、俺たちは出会うことはなかった間柄だ」 黎の声が不意に力なく沈んだ。はっとして馨は黎から手を離した。 「俺はずっと昔にひとりで生きていくことを決めていた。潜入捜査員になったからじゃない。・・・・・・仲間だとか、そういうものには縁がなかった」 黎はふらりと歩いて、ベッドの端に腰を下ろした。馨は黎の前に立ち、彼を見下ろした。 「お前が俺に向ける感情は尊敬だ」 「あなたを愛してる」 「・・・そうだとしても、俺にお前を束縛する権利はない」 「束縛?!」 馨は、一気に頭に血が上った。 「そんなことされた覚えはありません!むしろ少しでも束縛してくれたら俺だってこんなこと言わない!」 「お前・・・どうしたんだ、何を言ってる?」 「俺にはあなたを支える力はありませんか?俺では何の助けにもならないんですか?!」 「高坏・・・」 「どうして俺に二度も身体を許しました?そんな風に思うなら、拒んでくれたら良かった!」 「高坏!」 黎は立ち上がった。そして自分より大きな体躯の馨の胸ぐらを掴み、ベッドに放り出し組み敷いた。馨の身体に跨がると黎は、何も言わずにブルゾンを脱ぎ、ワイシャツのボタンを半ば引きちぎる勢いで開けた。 「は・・・蓮見さん?」 「どうして許しただって?言ったはずだ、ベッドの上で・・・忘れたか」 「それは・・・」 「素面で聞きたいか?上司で男の俺が、お前みたいな不器用で若い男に身体を許す理由が!」 黎は馨にのしかかり、乱暴に唇を塞いだ。顔を押さえて舌を割り込ませ、黎は怒りをぶつけるようにキスを繰り返した。 「お前が・・・俺を助け、俺を信用し、何があっても側にいると言った!俺が好きだと!」 「ええ・・・言いました」 「それで、こうやって一緒にいても、俺の思ってることが本当にわからないのか」 「わかって・・・ます・・・でも、あなたの口から聞きたいんです」 「・・・ガキだな」 「そうですよ、まだケツの青いガキです」 「馨」 黎は馨のシャツをたくしあげた。 「お前を・・・愛してるよ。・・・・・・こんなのは想定外だ」 黎の言葉が切れた瞬間、馨は黎の身体を力強く抱き寄せた。
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