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「高坏」 車を運転する(かおる)に、助手席の(れい)が言った。 「・・・はい」 「次に真北から連絡があったら、俺は前嶋に直接接触するつもりだ」 「はい」 「丸腰で近づく。どれだけ危険かわかっているか」 「もちろんです」 「それも、Domとしての力をフルで使う、と言いたいところだが、そうじゃない」 「どういうことですか」 「お前のグレアを有効に使いたい。が、フルパワー放出出来るには条件があるようだ」 「条件・・・?」 「気づいていないのか?」 「あの・・・」 「俺が言わなきゃならないのか・・・全く」 「え?」 「お前のDomとしての力は、Subを前にした時に最大限になる。つまり・・・鍵は俺だ」 「蓮見さん・・・」 「俺が常時Subで居れば、お前は常にその力をフルで使える。それは俺を守るだけでなく、他のDomを制圧することになる」 「でも、それでは蓮見さんが危険です」 「俺と通常モードのお前、二人分のグレアより、お前ひとりのフルパワーのグレアの方がよっぽど強い。・・・・・・残念だがな」 「そんな、蓮見さんのグレアの強さは・・・」 「弱くはない、と自負しているが・・・お前は規格外だ。有効に使うべきだ」 「でも・・・」 「高坏・・・・・・いや、馨」 不意に名前を呼ばれ、馨はハンドルを握ったまま振り向いた。 「お前が俺の側にいるというのなら、そのグレアで俺を守れ。それはそのまま前嶋を凌駕する力になる」 「蓮見さん・・・」 「黎だ。普段から黎と呼べ。・・・夜だけでなくな」 「!!」 はは、と笑うと、黎は手をのばし馨の耳にキスをした。突然のことに馨は狼狽えて進行方向と黎を交互に見た。 「俺は覚悟を決めた」 「蓮見さん・・・」 「聞きたいといったのはお前だぞ」 「信じてくれて・・・ありがとうございます」 「礼を言われる筋合いはない、お互い様だ。俺の命を預ける。頼むぞ」 「は・・・はいっ」 馨はアクセルを踏みながら答えた。どんな顔をしたらいいのかわからないまま、ペダルを踏み込む。こんなに事務的に、淡々と告白されるとは思ってもいなかった。 「蓮見さん・・・いえ、黎さん」 「なんだ」 「前嶋のことが片づいたら・・・」 「うん?」 「・・・・・・何でもないです」 「・・・・・・無事に片づくといいな」 「そうですね」 寂しげに聞こえたのは気のせいだっただろうか。馨はアクセルを踏み込んだ。 その日向かったのは、黎の先輩にあたる現職警察官に聞いた施設だった。そこには光の環とランドオブライトをよく知る人間がいるという。 「ここだ」 「有料老人ホーム・・・?」 教えられた場所には、二階建ての無機質な建物が建っていた。入り口には「有料老人ホームきらめき」と書かれていた。 誰が用意したのか、偽名の身分証明書を黎は二人分持っていた。 「俺が話す。お前は様子を見ておいてくれ」 「わかりました」 黎はまっすぐ受付に向かって進んだ。受付カウンターに座っていた中年の女性は、黎を見てにっこりと微笑んだ。 「こんにちわ」 黎は馨が見たことのない人当たりのいい笑顔で挨拶をした。馨もその後ろで作り笑いをする。 「こんにちわ。ご面会ですか?」 「はい。508の楠木(くすのき)さんに」  黎は二枚の身分証明書を並べてカウンターに置いた。受付の女性は一瞬顔色を変えた。しかしすぐに笑顔に戻り、楠木佳人さんですね、とフルネームで言った。そしてパソコンを操作すると、今はお部屋にいらっしゃいますよ、と微笑んだ。  どうも、と言って黎が歩き出したので、馨もその後に続いた。 「・・・フロントの女性、変でしたね」 「ああ。理由は・・・すぐにわかる」 「・・・はい」  エレベーターを降りて廊下を進み、角を曲がる。三つ目の部屋が508だった。  黎はノックを一回、そして間を開けて二回。数秒して、中からどうぞ、と男性の声が聞こえてきた。 「馨」 ドアを開ける前に、黎は振り向き言った。 「驚いても声は上げるな」 「は・・・はい」  失礼します、と言いながら黎はドアを押して中に入った。馨はその後に続き部屋に足を踏み入れ、黎が言ったとおりに驚いた。ぎりぎり声は上げずに済んだ。  こじんまりとした生活空間。一人掛けの茶色のソファと何も置かれていない丸いテーブル、古い形のテレビの上には埃が溜まっている。奥にはグレーのカバーがかかったベッドと腰の高さほどまでの古びた箪笥。備え付けのキッチンの洗い籠には湯飲みが二つとシンプルな皿が三枚。  食事は三食運ばれると聞いたが、それにしても生活臭を感じない。そしてその空間の中心にいた男は、身じろぎもせず黎を見つめていた。年齢は七十代前半ほど、白髪だった。彼の片顔は、肌がただれている。左目は潰れていて、眼光の鋭い右目だけが黎を見つめている。 「あんたが連絡をくれた人か。ここ数年誰も会いに来ないから、受付で驚かれただろう」  男は言った。 「はい。俺は蓮見、こちらは高坏です。あなたのお話を聞きたいのですが」 「話?」 「光の環のことを」 「・・・・・・ずいぶん昔のことを聞きたいんだな」 「ええ。思い出したくないと思うのですが」 「時間が経ちすぎて記憶がおぼろげだが、それでもいいか」 「もちろんです。・・・知りうる全てのことを」 男は数秒黙っていたが、ゆっくりとうなづいた。そして緩慢な動きで立ち上がり、馨を一瞥していった。 「あんたみたいな大男が座れる椅子はないが」 「床でかまいません」 「・・・じゃあ、茶を入れる」 黎はおかまいなく、と言ったが、男は「いいから座れ」とでもいうように右手をひらひらさせた。意外に手早く日本茶を淹れ、男は小さな盆に湯飲みを乗せて差し出した。 男は馨を見て言った。 「あんたも警官か」 馨はどう答えるべきかちらりと黎を盗み見た。そもそも男は馨と黎の正体を知っているらしい。答える代わりに黎が言った。 「俺たちは警察官じゃありません。二人とも・・・ランドオブライトに捜査員として潜入していましたが、もう一般人です」 「・・・警官をやめても、俺の話が必要か?」 「ええ」 ふっと笑って、男は話し始めた。
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