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(高月、真北さんのことどう思う) (どうって?) (あの人さ・・・ちょっとおかしいくらい、お固いんだよ) (おかしいってどういう意味だ?) (プレイの相手はもちろん、回りにそれらしい女性もいないし・・・) (プライベートを見せないようにしてるんだろう) (いや、本当にいないんだって。幹部だってプレイの相手はいるし、いなきゃプレイルーム使ってるんだぜ?プレイルームで真北さんの相手したって奴も見つからないし) (・・・まあ、別に相手がいなくたって、それは自由だろ) (そうだけどさ・・・) (他に何かあるのか?) (・・・実は俺、一回だけ、それっぽいって言うか、真北さんの服装が乱れてるの、見たんだよな) (何だ、知ってるんじゃないか) (いや、だから高月に聞きたくて) (・・・聞きたい?) (それがさ・・・ここだけの話だけど、真北さんどこから出てきたと思う?) (・・・・・・?) (誰にも言うなよ?盟主がさ・・・おひとりで講堂に籠もってるっていう時間に、講堂から出てきたんだ。これってどういう意味だと思う?)  (かおる)は汗だくで目が覚めた。  この会話を夢に見たのは初めてだった。ランドオブライトで真北の側で働くようになってすぐのこと。本来はその質問をしてきた男が、真北の側近になるはずだった、という噂があった。口の軽さが災いしてその位置にはつかなかったとの話で、腹いせなのか、馨に真北のことをわざわざ告げてきた。  腹立たしかった覚えはある。しかし今さら夢に出て来たのは何故か。馨は隣のベッドで眠る(れい)の横顔を盗み見た。身体を丸め布団に顔を半分まで埋め、眉間に皺が刻まれている。  あの夜から馨と黎の間に身体の関係はない。前嶋に近づけば近づくほど、夜遅くまで調べものをしたり話し合いをしているうち、ほとんど同時に寝落ちしてしまうからだった。  馨は本心では、黎に触れたいと思っていた。しかし毎晩深刻な顔をして考えこむ黎に、そんな思いで近づくわけにはいかなかった。  真北となにかがあるはずもない。確かに彼は黎に近かったが、彼は彼の大事な目的がある。同志ではあるが、色っぽいことには縁遠く見えた。  明日は灯馬(とうま)に会いに行くことになっている。彼を匿ってくれた人物というのは、楠木(くすのき)と同じくらいの世代の男だという。その人物が前嶋に繋がる情報を持っていることにかけよう、ということになった。もしそこで何の手がかりも得られなかったら、一度前嶋への道は絶たれてしまう。 「・・・ん・・・」  黎が身体をねじり仰向けに寝転がった。もし前嶋が見つかり、無事に警察に渡すことが出来たとしたら、この関係はどうなるのだろうか。黎は前嶋を捕らえて警察に受け渡すことだけのために行動している。そのストイックさに馨は惹きつけられているが、時折、その執念が恐ろしいと感じるときがある。黙って資料を読み込んでいる時や顔を付き合わせて前嶋の話をしているとき、馨には黎の目にほんのわずか狂気のようなものを感じるのだ。  そっと起きだし、黎のベッドに近づく。仰向けになった黎は片腕だけを上に伸ばしている。 無防備な姿を見るようになってしばらく経つが、依然としてこの蓮見黎という男の本当のところはわからない。最もわからないのは、何故馨を選んでくれたのかということ。  黎が同性愛者なのか、はたまた両性愛者なのかは聞くつもりもない。  自分のことを言うべきかどうか迷う。  黎は馨がストレートだと思っている。何より自分自身がそう思って生きてきた。実際女性との付き合いもあったし、いずれは誰かと結婚し所帯を持つのが当然だと思っていた。その裏で、運動部の先輩の逞しい後ろ姿や、夏の暑い日に汗で濡れた男性の首筋を見て、下半身が疼くのは誰にも言わずに生きてきた。そして若い時にありがちなことだと自分に言い聞かせた。  初めて黎に出会った時、その押し込めた気持ちがわずかに頭をもたげたことに、馨は気づいていなかった。  が、今はどうだ。  かつて女性と肌を合わせた事なんて比べものにならないほど、馨は黎の虜になっていた。ともすると日中でも、公衆の面前でも彼に触れたくなるほどの情欲を押さえなければならないこともある。 「・・・・・・どうした」  考え事をしていた馨を、いつの間にか起きていた黎が呼んだ。 「あ・・・すみません、起こしましたか」 「眠れないのか」 「少しだけ・・・・・・」 「そうか」  黎は半分しか開いていない瞳でむくりと上半身を起こした。そしてじっと馨を見つめると、おもむろにその額に触れた。 「黎・・・さん・・・?」 「顔色が悪いな。・・・明日のこと、不安か」 「そんなことはありません。ただ目が覚めて」 「・・・ちゃんと終わらせる。心配するな」 「俺は大丈夫です」 「早く終わらせよう」 「黎さん」 馨は自分の額に置かれた黎の手を取り、甲にキスをした。黎は驚くでもなく、そのまま手を預けていた。そして言った。 「俺たちは警官じゃなくなった。前嶋を警察に引き渡せばやることはなくなる」 「そうですね」 「これが片づいたら・・・と、この間言っていたな」 「は・・・はい」 「・・・・・・」 黎はそれ以上を言わず、馨の唇に自分の唇を重ねた。馨の首の後ろに片腕を回し引き寄せる。 「・・・お前には感謝してる」 「黎さん・・・」 「もう少し寝たい。・・・来い」 一人用のベッドの半分を空けて、黎は言った。今度は馨が黎にキスをして、広くない隙間に身体を滑り込ませた。  体温が重なり、ふたりはあっという間に眠りに落ちていった。
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