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「所長なんですが、ただいま外出しておりまして」 「何時頃戻られますか?」 「今日は出先から自宅に戻ると聞いております」 「・・・そうですか」 「伝言をお預かりいたしましょうか」 「実は困っている子供が数人おりまして・・・直接お話したいのでまた日を改めます。あの」 「はい?」 「施設を見学してもかまいませんか」 「もちろんです。いま案内の者を呼びますね」  (れい)は偽名を訪問者名簿に二人分書き込みながら、にっこりと受付の女性に向かって微笑んだ。場所が場所だから愛想よくしておけ、と言われた(かおる)は口の端を無理矢理つり上げていた。  虐待被害者の駆け込み寺と言われているこの施設の中は、明るい桃色の壁紙に統一されていた。受付には豪華な応接セット。入所者の住まいは別棟なのか、受付で働く人間の他に人の姿はない。 「こちらへ」  対応してくれた女性とは別の男性が黎と馨を館内を案内した。渡り廊下を歩いて隣の棟に入ると、とたんに賑やかな声が聞こえてきた。六歳から十歳くらいまでの子供たちが楽しそうに遊んでいる広間。本を読んだり、絵を描いたり、追いかけっこをしたり、タブレットでゲームをしたり・・・・・・それを二人の女性職員が見守っている。 黎は馨に小声で言った。 「ここではグレアを出すな」 「・・・・・・はい」  その意味はすぐにわかった。そこにいる子供たちは、一人残らずSubだ。馨が一歩踏み入れた瞬間、ほとんどの子供が馨の方を振り向いたのだ。まだ当然プレイなど無縁の年齢だが、血に組み込まれたシステムが反応している。 「ここは年齢の低い子供たちばかりです。十一歳以上の子たちは西棟で勉強をしています。学校に行けないので」 「その西棟を見せていただくのは可能ですか?」 「ええ、ですが授業中なのでこちらから・・・」  案内されたのは授業を上から見下ろせるギャラリーだった。そんな部屋があることも不自然だが、そこから見渡せた状況も不自然だった。ひとりの生徒につき、ひとりの教師役の大人がついている。馨は案内役の男に聞こえないように小声で言った。 「黎さん・・・」 「ああ。これは・・・」  子供たちを教えている大人たちは、全員Domだった。そしてやはり子供たちは全てSub。 「こんな若い子たちを・・・グレアでコントロールしているなんて・・・」 「コントロールされているとは子供たちは思っていないようだ。見ろ」  教師役の大人たちを見上げる子供たちは皆、意志のない瞳をしていた。思春期の子供たちがDomに感じるのは、大人のSubとは違い、いわゆる性的興奮に近いものではなく、風邪で高熱を出したときのような感覚だと聞く。そのふわふわした感覚は心地よく、子供たちはそれが従属の入り口だとは知らないのだ。  案内の男性は笑顔でこう言った。 「ここではマンツーマンで勉強を教えています。皆、ろくに学校に行けていなかった子ばかりです」 「・・・そうですか」 「こうやって丁寧に勉強を教えることで、普通に学校を卒業した子供より、優秀に育ちます。いずれ社会復帰するときに困らないためのシステムです」 「すばらしいですね。所長の理念ですか」 「そうです。ここの子供たちは、所長が提携する会社に就職したり、大学へ進学します。傷を癒してやり、そののち世の中に貢献できる人材を育てたい、というのが所長のお考えですので」 「・・・提携する会社というのは?」 案内の男が嬉々として告げた会社名は、ランドオブライトが経営するフロント企業のひとつだった。
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