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  「いったい何があったんですか」  目を覚ました(れい)は上半身を起こそうとしたが、(かおる)はそのままで、とそれを制した。傷は確かにあまり深くはなく、どちらかと言えば倒れたときの脳しんとうの方がひどいようだった。頭がぼんやりする、という黎に水を飲ませ、馨はベッドの端に腰を下ろした。 「・・・急だった」 「刺されたのは・・・前からですよね」  背後から刺されたのであれば仕方ないが、腹を刺されているということは相手と向き合っているということ。関の言うとおりDomのグレアさえ使えれば、相手はそう簡単に至近距離まで近づくことはできない。さらに元警察官である黎が今この状態で、周囲に注視せず外を歩くはずもなく、暴漢が襲ってくればグレアを使わずとも撃退できるはずだ。 「相手の顔を覚えていますか」 「いや・・・」  黎自身も不思議に思っているようだった。やはりSubでいたことがこの状態を引き寄せてしまったと思わざるを得ない。 「この手当はお前が?」 「いえ、関さんが・・・会う約束をされていたんですよね?」 「約束・・・・・・?ああ、電話があった」 「関さんは黎さんに呼ばれたと言っていましたが」 「いや、不在着信があったので、こちらからかけ直した」 「話の内容は?」 「会って話したいと言われた」 関は「こいつに呼ばれた」と言っていた。非常事態で動揺していたのか? 「襲われたのは俺と電話しているときですか」 「そうだ」 「関さんとの電話の後に?」 「ああ、彼がホテルの近くまで来ると言うから、前嶋の情報なら部屋でお前と一緒に聞こうと思って・・・」  もし馨が電話をかけていなかったら、刺されることもなく関と落ち合い、無事だったかもしれない。黎はガーゼと包帯で覆われた自分の腹に手を当てた。黎ほどの男が記憶を失うということは、ただ単純に襲われたと片付けられる問題ではない。おそらく相手は十中八九Domだ。 「あなたを守ると・・・言ったのに、俺は・・・」 「・・・外に出たのは俺の意志だ。刺されたのは油断でしかない。お前が責任を感じる必要はない」  関が言ったように、黎は馨を責めなかった。むしろ責めて貰った方が楽だと思ったが、馨は黙っていた。もとより馨の独りよがりな思いがこの事態を招いたのだ。 「やはり黎さんもDomで居た方が安全なのではないでしょうか」  関に事情を話したことは黙っていた。真北と関は全く同じ事を言った。そしてこの出来事が起きた。  そもそも関はどうして黎に電話をしてきたのか。 「・・・・・・確かにもっと前嶋に近づくまではDomで居るべきなのかもしれないが・・・」  黎は額にかかった前髪を避け、目と目の間を押さえた。ぎゅっと眉根を寄せると、苦しそうな表情を作った。 「痛みますか」 「いや・・・なにか思い出せそうなんだ・・・」 「す、すみません、無理しないでください、まずは休んでください」 「そういえば・・・真北から電話があったと言わなかったか」 「そ、そうですが、大丈夫ですか、顔色が」  みるみる黎の顔色が青くなっていく。失った記憶を思い出そうとしているからなのかもしれない。そんな様子を瞳の奥まで心配そうに見つめる馨に、黎は小さく笑った。 「馨」 「は・・・はい」 「さっきは・・・俺も悪かった」 「いいえ!俺があんなことを言わなければ・・・」 「俺はどうやら、いろいろなことが伝わりにくいみたいだ」 「・・・・・・」 「お前のことは信用している」 「黎さん・・・」 「・・・全てが終わったら・・・お前と行きたいところがある」 「行きたいところ・・・?」 「そのうち話そうと思っていたが・・・俺は生まれた場所を覚えていないんだ」  馨は頭の中で、黎がいつか前嶋と出生が似ていると言ったことを思い出していた。 「近くに海があったことだけはうっすら覚えていて・・・潜入してからは当然何年も、ふらりと海を見に行くことすら出来なかった」  馨は天井を見つめて話す黎の手を握った。黎は顔だけを横に向けて、馨にこう言った。 「一緒に見に行かないか」 「黎さん・・・」 「男二人で海ってのも趣がないが」 「そんなことありません・・・行きましょう」  黎は馨を見て微笑んだ。馨はまだ青白さの抜けない黎の頬に触れた。目が覚めたら真北のことを・・・と言いながら、黎は安心したようにもう一度眠りに落ちた。
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