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案内された部屋にはベッドがひとつ、背の高い箪笥がひとつ、デスクとスタンドランプがひとつづつ。デスクの椅子には、青のチェック柄のブランケットがかけられていた。 「ここは・・・」 「僕の部屋なんだ」 「灯馬の?」 「うん」  馨はあたりを見回した。機能していないというカメラは、確かに稼働中を示すランプがついていない。 「本当に大丈夫だよ。この建物の中の監視カメラは五台に一台は稼働してないんだ」 「・・・・・・」 「信じて?」 「も、もちろん……」 「馨」   灯馬はそっと、馨の袖口を掴んだ。馨を見つめる瞳に、彼が馨を慕う気持ちが読み取れた。 「ずっと・・・馨に会いたかった」 「灯馬・・・」 「ねえ、馨、どうしてここに・・・来たの?」  馨はベッドに腰を下ろし、灯馬はデスクの椅子に座った。  灯馬の想いは知っている。まっすぐに向けられる好意。まるで自分が黎に向けている想いのように。しかし馨はそれを受け止めることは出来ない。馨は正直に伝えることにした。 「・・・久坂(くさか)千尋(ちひろ)を追ってる。あいつが黒幕だ。れ・・・元盟主はあいつに命を狙われてる」  驚くと思ったが灯馬は少しだけ目を見開いただけだった。その反応に馨は小さく息を吐いて腕を組んだ。 「知ってたのか?」 「・・・虐待被害者の施設で知ったよ」  灯馬は右手の爪を噛んだ。 そもそも灯真はランドオブライトで久坂こと前嶋の教育担当だった。爆発が起きた時点でも、灯馬はまだ黒幕が前嶋だとは知らずに真北に助けられている。知ったときの灯馬のショックは計り知れない。 「灯馬・・・・・・お前、何かひどいこと、されていないか?」 「ひどいこと?」  爪を噛んだまま灯馬は上目遣いで馨を見た。ランドオブライトに居るとき、灯馬にそんな癖はなかった。 「巻き込まれてるとか、ないか」 「巻き込まれるって、何に?」 「・・・・・・」 「大丈夫、俺はまともだよ。じゃなかったら、馨を匿ったりしないよ」 「この部屋が監視されていない理由は?」 「俺を信じてくれないの?」  馨は灯馬の瞳から真実を読みとろうとした。彼はランドオブライトでも前嶋に利用された経緯がある。しかしそれはそれほど手の込んだことではなく、馨と黎を引き離すための作戦の一部だった。灯馬は人が良いところにつけ込まれやすい。今回も灯馬本人の知らないところで密かに巻き込まれている可能性もある。 「俺は大丈夫だよ。協力したいとも思ってるし・・・迷惑?」 「迷惑じゃない。お前のことを心配してるんだ」 「心配なのは馨の方だよ。ひとりで乗り込んでくるなんて危険すぎる」  ひとりじゃない、と馨は言い掛けたが明かすのは今じゃないと思い直した。 「もちろん危険は承知だ。でもあいつを放っておくわけにはいかない」 「もう警察官じゃないのに?」 「・・・・・・」 「ここに入り込めたのはさすがだと思うけど・・・簡単に出ることは出来ないよ」 「灯馬の助けがあれば、なんとかなる」 「助けてほしいのなら俺を信じてよ」 「・・・・・・わかった」  灯馬は微笑んだ。その笑顔に不自然さはなく、馨は深く考えるのを一旦やめることにした。  黎はどこにいるのか。灯馬はどこまでこの施設について、前嶋について知っているのだろうか?完全に信用するわけにもいかないが、灯馬の協力がなければ中心部に入り込むことも難しい。 「馨、今日はとりあえずここに居て。侵入者が入り込んだことはアナウンスで知れ渡ってるから、動かないほうがいい」 「部屋を調べられたりは?」 「ここにはこないよ」  どうもさっきから、安全だと言う根拠があやうい。監視カメラがどうの、ということでは説明しきれない部分がある。灯馬はいったい、ここでは何の役職なのか。 「灯馬・・・・・・気分を害してしまったら申し訳ないが・・・お前はここで、何の仕事をしてるんだ?」 「・・・・・・」 灯馬は自分の膝を見下ろした。言いづらそうに眉根を寄せた。やはりなにかある。馨は大きくひとつうなづいた。 「俺はシビルって呼ばれてる。・・・巫女、みたいな意味だったと思う」 「巫女?」 「ここでは男でもそう呼ばれるんだ」 「何をする役目なんだ?」  馨は嫌な予感を押し殺して尋ねた。 「・・・・・・」 「灯馬」 「・・・・・・ランドオブライトに、プレイルームがあったでしょ。あれと似たようなものだよ」 「あれは、Subが集められていただろう?灯馬は・・・」 「馨、忘れたの?俺はSwichだよ。ここにはSubはいないんだ。Swichは強制的に切り替えさせられて・・・・・・Subの役目を担う」 「そ・・・んな・・・」 「シビルは聖職者扱いを受ける。だから・・・監視されないんだ」  馨の嫌な予感は的中した。灯馬は、Domの欲求を満たすためにここにいるのだ。前嶋望未は、ここで「シビル」なる役目を担わせる人間をランドオブライトの中から選んでいたのかもしれない。  もしも黎が前嶋の手に落ちていたら?馨の背筋に冷たいものが伝った。
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