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 灯馬に教えられた道順に従って馨は施設の中を進んだ。途中で出くわした男を捕まえて、清掃員の制服と帽子に着替えた。それでも非常事態の中、出来るだけ人目に付かないように行動した。  もし黎がこの中に捕らえられているとしたら、センター棟だろうと灯馬は言った。そこへ向かうのは簡単だが、入るにはIDカードが必要だと教えられた。 (鍵を開けられるチップ入りのIDカードを持っているのは、各部署の責任者だけ。それ意外の人間は、暗証番号を押すことで開くようになってるはずだよ。暗証番号は毎日変えられてる)  中に入っていく人間を見極めて、彼らの出入りするタイミングを見計らう。ひとりの若い男の顔を覚えた馨は、入口付近の清掃をする振りをしながら近づいた。自動ドアのインターホンを押す瞬間に背後から飛びかかり、口を押さえたまま男もろとも転がるように中に入った。 「いいか、よく聞け。数日前にここに連れてこられた男がいるはずだ」  馨は男の耳元で言った。押さえ込まれた男は何とか逃れようともがいたが、一回り体格の大きな馨からは逃げられなかった。 「センター棟の中に居るのか?」  うう、と呻きながら男は必死に馨の足を踏んで抵抗した。思ったよりも力が強く、このままでは危険だと判断し、いたしかたなく馨は腕に力を込め男を失神させた。男の身分証を胸から抜き取り、清掃服のポケットに差し込んだ。  と、急激にけたたましく警報が鳴り始めた。 (まずいな)  帽子を目深に被り、馨はあたりを見渡した。自動ドアの前のフロアには応接セットも何もなく、がらんとしている。五メートルほど先にもう一つガラスの扉があり、そこがゆっくりと左右に開くところだった。そこから警備員が顔を出した。  隠れる場所はない。こうなったらひとりずつどうにかするしかない、と覚悟した矢先だった。  背後からの衝撃に、馨の視界が一気に暗くなった。 「悪いな、我慢してくれ」  ブラックアウトの直前、馨は聞きなじみのある声を聞いた。    「うっ・・・」  頭が重い。瞼の奥が痛くて目を開けられない。 「強く殴りすぎたな」  自分のことを言っているのか。確かに誰かに殴られた記憶がある。そしてこの声。 「だ・・・れだ・・・」 「ゆっくり目を開けろ。ここは安全だ」  視界が開け、馨の顔をのぞき込んでいたのは、あの(せき)雅彦(まさひこ)だった。  馨は床に寝かされていた。あたりは薄暗く、埃臭い。  「関さん・・・?」 「覚えてたか。タカツキ」  関は、にかっ、と笑った。目が慣れてくると、薄汚れた天井と、バケツやモップが壁に立てかけてあるのが見えて来た。どうやら清掃用具を片づける部屋のようだった。 「どうして・・・・・・関さんがここに・・・」 「そりゃこっちの台詞だ。よくここに入り込めたな。さすが潜入だ」 「関さんも忍び込んだんですか」 「俺は、ここの電気技師として偽名で一ヶ月に数回仕事に来てる。うまく入り込むのに何ヶ月もかかったんだぞ」  関は警察医だと言っていた。本業の合間を縫ってここにまで潜入しているとは。関は自分の捜査状況を馨にも黎にも話そうとしなかったが、これはその中のひとつだろう。 「まあ安心しろ。ちゃんと逃がしてやる」 「関さん!」  馨は必死に上半身を起こした。関は大きな手で馨の背中を支えた。 「おい、急に動くな」 「関さん、俺は逃げるわけには行かないんです!ここに黎さんが・・・蓮見さんがいるはずなんです!」 「・・・何だって?」 「関さん、蓮見さんがいる場所、心当たりありませんか?多分センター棟のどこかにいるはずなんです」  ふと、関の表情が変化した。 「・・・その情報はどこから聞いたんだ」 「え?」 「そんなことが解るのは一部の人間だけだ。だれか協力者がいるのか?」 「・・・それは・・・」  灯馬のことを話して良いものか、馨は喉まで出掛かった名前を言い淀んだ。できるだけ灯馬を危険に晒したくない。彼の馨に対する気持ちを差し引いても。 「俺の知っているやつか?」 「・・・関さんは、ここの人間全てを把握しているんですか」 「だいたいはな。多少取りこぼしてはいるだろうが」 「・・・彼は自分のことをシビル、と言っていました」 「シビルだって・・・?!そりゃあ・・・」  関は思案顔で視線を落とした。やはり灯馬は特別な立場にいるようだった。 「そのシビルがセンター棟にいると教えてくれたのか」 「ええ。多分、そこだろうと」 「・・・・・・おかしいな。そんな話は聞かないぞ。お前、騙されてるんじゃねえか」 「そんなことはありません!灯馬はそんな奴じゃ・・・っ」 「灯馬・・・岬灯馬か」 「!」  やはり関は知っていた。灯馬が敵だと認識させたくはなかった。どうにかしてここから連れ出す気持ちは変わらない。馨は言った。 「・・・灯馬の情報が嘘だとは思いません。彼がここまでの道のりを教えてくれたんです」 「じゃあ、本当に黎がこの中にがいるのか」 「そう信じてます。なんとしても連れ出します」 「・・・わかった。俺も手伝おう。俺の方が自由に動けるからな」  関はそう言って、馨の肩を叩いた。
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