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 関の準備した制服とIDカード、ロゴ入りのキャップと眼鏡。あつらえたようにサイズの合う制服を渡された馨は、はっきりと違和感を感じていた。関は平然と、職員の数が多いからIDカードを持ってさえいれば疑われない、と言った。灯馬は、各部署の責任者しかIDカードを持てないと言っていたのに。  すべてを身につけた後、馨は関に向かってこう尋ねた。 「そろそろ教えてください」 「何だ?」 「準備が良すぎませんか。まるで俺がここに忍び込むことを知っていたみたいだ」 「・・・お前は俺のことを知らんだろう」 「ええ、だからです。関さんが知っていること・・・黎さんとのこと、話していただけませんか」 「・・・・・・黎さん、か」 「俺はあなたに隠し事はしません。俺は黎さんを助け出して、その後もずっとそばにいると決めているんです」 「・・・・・・・」  関は組んでいた腕をほどいた。同じ制服を来た関は、がりがりと頭を掻くと、しょうがねえなあ、と言った。 「何が知りてえんだ?」 「あなたは・・・誰なんですか。本当に黎さんの先輩・・・それ以上の存在なんじゃないんですか?」 「俺はあいつを抱いちゃいねえぞ」 「そんなことを言っているわけじゃ・・・」 「そう聞こえたぞ。・・・まあ、冗談だ。要するに俺がどうしてここまでこの組織に関わり続けるのかってことだろ?」  それだけではないと思いつつも、馨はうなづいた。二人がいるのは掃除用具部屋のようなところだった。薄暗い中、体格のいい男がふたり顔をつきあわせていた。 「そうだな・・・お前になら、話してもいいかもしれん」  関は、今まで明かそうとしなかったことを少しずつ、低くかすれた声で話し始めた。  前嶋望未は、生まれたときから特別だった。望未を産んだ母、前嶋弓衣はすでに高齢出産に差し掛かる年齢で、無事に産まれるかどうかが危ぶまれていた。産まれてきた望未は規格外に小さく、息をしていなかった。また母親の弓衣も命の危険にさらされていた。  一命をとりとめた望未は保育器に入れられ、医療スタッフの努力の甲斐があり、小さいながらも無事に育って行った。 「当時、望未の世話をしていた看護師の話によると、望未が少しでもむずかると、窓ガラスがびりびりと震えたり、近づくと大人でも頭痛がしたりめまいがしたそうだ」 「前嶋にはそういう力が?」 「グレアの一種だそうだ。それから望未の世話をする人間は、強いグレアを持つ者に限られたとか」 「本当にそれはグレアなんですか。サイキックとか、そういったものではないんですか」 「Subの子供が反応して泣き出したって言うんだから、Domのグレアには違いない」 「奴は・・・Swichのはずです」 「それに気づいたのは、もう少し後だ」  産まれてすぐにダイナミクスの兆候が出るなど、馨は聞いたことがなかった。しかしあの黎をやすやすと捕らえることが出来るほどの力があるのは確かなこと。    「望未の父親は、あまりに強いグレアを持つ末の息子を畏れていたようだ」 「・・・え?」  馨は老人ホームで出会った「光の環」の元信者、楠木佳人から、望未は父親に可愛がられ、光の環を継ぐ存在として育てられたと聞いた。   「可愛がられたのでは・・・ないのですか。俺はそう、聞きました」 「聞いた?」 「あっ・・・」  関に、楠木を尋ねた話はしていなかった。馨は楠木に話を聞きに行ったことを説明した。 「楠木さんに・・・会ったのか」  ふと関の顔が曇った。しかしすぐに真剣な顔を取り戻すとこう言った。 「彼は・・・前嶋(まえじま)(ゆう)の親友だったんだ。だからそう見えたのかもしれない」 「親友・・・」  確かに楠木は、いくぶん懐かしげに前嶋の父の話をした。しかしそれは、そう楽しい話ではない、といった雰囲気で。  馨は言った。 「関さんは、光の環に潜入捜査員として入っていたんですよね」 「ああ」 「・・・つらいことを聞いて申し訳ないのですが・・・奥様が光の環の上層部の人間と・・・」 「聞いたのか」 「・・・すみません」 「謝らんでいい。本当のことだ」 「奥様は・・・亡くなったと・・・」 「・・・・・・」  関は少しの時間押し黙った。そして思いも寄らないことを打ち明けた。 「俺の妻は、死んでいない。まだ・・・生きて、この中にいる」 「・・・え・・・?」
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