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 しっかりと目を覚ました黎は、晴臣が用意したグラスの水を飲んだ。鎮静剤を打っても、ランドオブライトの盟主の部屋を再現しても、黎の記憶は騙し切ることは出来なかった。水を飲み干すのを確認すると、晴臣は声を潜めこう切り出した。 「ここは前嶋のアジトです。表向きにはダイナミクス専門病院と言っていますが・・・主にグレアの研究をしている施設です」 「・・・・・・お前はここの人間だったのか」 「違います。私は条件をつけられ、ここにいるんです」 「条件?」 「ランドオブライトの最後の爆発で生き残った者たちを逃がす代わりに、私がここに・・・」 「いつの間にそんな・・・」 「・・・・・・前嶋望未はあの爆発の直前、私に接触をしてきました。国民の命を守りたければ協力しろと」 「・・・なんだって?」 「力不足で全員は救えませんでした。ですが出来る限り、生き残った者たちを逃がしましたが・・・逃げきれなかった者もいたようです」 「どうして黙っていた?」 「・・・・・・言えば、あなたは自分の命を前嶋に差し出し、国民を守ろうとしたでしょう」 「だからってお前がひとりで背負う必要はなかっただろう」 「背負ったわけではありません。もうひとつ、気になることがあったので・・・」  黎はじっと晴臣の目を見つめた。 「前嶋が・・・兄のことを知っていると言ったのです」 「!!」  真北晴臣の兄、真北(まきた)聡介(そうすけ)。元警察官であり、ランドオブライトの人身販売に関わりがあり、未だ消息がつかめない。晴臣は兄を探すため単身ランドオブライトに入り込んだ。そしていずれ、国ごと潰すつもりで上層部まで上り詰めたのだ。 「本当に情報を持っているのか?前嶋の年齢からしても、知っているはずは・・・」 「私もそう思いました。ですが、私しか知らないことを・・・奴は知っていました」  名前、警察官としてのキャリア、家族構成や学生時代の出来事にいたるまで、望未はつらつらと晴臣の前で兄、聡介の情報を披露して見せた。しかし今彼がどこにいるのかは、教えようとはしなかった。 「兄がまだ生きているとは私も思っていません。ですが、せめて荼毘に付してやりたいのです」 「・・・・・・」 「そのためには、前嶋のそばにいるのが唯一の方法だったんです。・・・申し訳ありません」 「前嶋らしい卑劣な方法だ。お前は悪くない」 「あなたを巻き込みたくなかったんです。・・・事情があったとはいえ、私はあなたを裏切ってしまった・・・」 「裏切った男がわざわざ助けたりしないだろう」 「蓮見さん・・・」 「引け目を感じているというなら、お前の兄さんのことを突き止めて、とっとと俺とここを出るぞ。話はそれからだ」 「いいえ、あなたは早く逃げてください。今ならまだ可能性があります。・・・そういえば、高坏は一緒ではなかったんですか」 「高坏・・・高坏は・・・」  黎は額を押さえ、眉根を寄せた。 「一緒に近くまで来て、山中で襲われた。そこで記憶が途切れている。万が一はぐれたら、それぞれここを目指す、と決めてある。あいつなら多分忍び込んでいるはずだ」  晴臣は力強くうなづくと、こう続けた。 「高坏のグレアの強さに、前嶋は脅威を感じています。あなたを餌にに高坏を捕らえようとしているんです」 「高坏の力を利用するつもりか」 「おそらく」  二人は押し黙った。 「・・・前嶋の真の目的はなんなんだ?」 「私も全てを知っている訳では有りませんが・・・今、前嶋の息のかかったDomが全国に送り出されています。政治家の秘書であったり、企業経営者、中には反社も・・・・・・その意味はおわかりでしょう」 「日本を牛耳る気か・・・」 「・・・・・・」  望未がどれほどの力を持っているのか、そのバックにどれだけの人間がいるのかはまだ計り知れない。考えれば考えるほど、背筋が凍る。 「蓮見さん。高坏と合流したら、少しでも早くここから逃げてください」 「真北」 「あなたにだけは無事でいてほしいんです。高坏ならあなたを守れる」 「・・・俺は自分の命を粗末にする部下を持った覚えはない」  晴臣は驚いて瞳を見開いた。声にならず、唇から空気が漏れる。ランドオブライトの中で、黎の片腕として働いた晴臣。高杯馨が来るまでは、お互いだけが信じられる存在だった。こんな状況でも、黎はあの時と同じ目で晴臣を見ていた。  黎は手を伸ばし、晴臣の肩をぎゅっと掴んだ。 「俺はまだお前を信じる。それが嫌なら、今すぐあいつを呼び戻して俺を譲り渡せ」 「!!」  晴臣は思わず開いた襟を押さえた。起きていたのか。知られていたのか。だったら・・・ 「蓮見さん・・・っ・・・」 「何も言うな。お前はお前のやり方で身を守ればいい」 「・・・・・・っ!」  晴臣は思わず立ち上がり、歩きだそうとした。しかし黎はその手首を捕らえた。手を掴まれた晴臣は振り向かずに立ち止まった。そして苦し気な声を絞り出した。 「蓮見さん・・・お・・・俺はっ・・・・・・っ」  黎はさらに力強く晴臣を引き寄せた。 「・・・わかってる。言っただろう、俺はお前を信じていると」  真北晴臣は、兄を捜してランドオブライトという架空の国に潜入した。それから数年が経ち「国」は無くなり、沢山の人間が死んだ。それでも必死に生き延びた晴臣は、今、始めて涙を流した。   黎のベッドに、晴臣は顔を伏せた。黎はしばらく、その背中に手を置いたままでいた。
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