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「俺の妻は、死んでいない。まだ・・・生きて、この中にいる」 「え・・・?」 「弓衣は・・・俺の妻だった。戸籍上は前嶋じゃない。今でも(せき)弓衣(ゆみえ)だ」 「ど・・・どういうことですか」 「これはあいつ・・・黎も知らんことだ。はじめて他人に話した」  馨は喉を上下させた。頭が整理出来ない。追っている前嶋望未の母親が、関の妻だった。では前嶋の父親に対しての恨みを晴らすのが関の目的なのか。黎から聞いた話では確か、関と妻の間には子供がひとりいたはずだ。妻が生きているなら、子供はどうなったのか。 「前嶋の母親が関さんの・・・」 「そうだ。だが、望未は俺の息子じゃない。あいつは確かに前嶋裕の末息子だ」 「ちょ、ちょっと待ってください、じゃあ、関さんの怨恨っていうのは・・・前嶋裕は随分前に亡くなっていますよね」 「そうだ、残念ながら前嶋裕はもういない。俺は望未を止めるためにここにいるんだ。おそらく望未は妻を操っている」 「止めるというのは逮捕するということですか」 「俺は警察官じゃない。逮捕は出来ない」 「・・・物騒なことを考えてるわけじゃないでしょうね」 「・・・・・・」 「前嶋望未は、警察関係者に引き渡します。生きて罪を償わせます。その必要があります」 「・・・お前はお前のするべきことをすればいい。俺は俺でやることがある」 「関さん!」 「高坏、何はともあれ黎を助け出すことが先決だ。その話はあとにしよう」   馨は関の肩を両腕で掴んだ。関は顔色も変えない。 「関さん、約束してください。途中、奥さんや前嶋望未に出くわしたとしても、おかしな行動に出ないということを」  警察官上がりの関の腕なら、か細い望未の首など簡単に折れる。関がDomなのかどうかを確認したことはないが、Domでなければ望未のグレアも効かない。  忘れていた。  望未に対抗するなら、ダイナミクスを使わなければいい。Dom同士ならグレアの優劣により、SubならDomに逆らうことが出来ない。関がNormalなら、もしかすると勝機があるかもしれない。  しかし、関は間違いなく望未を殺そうとしている。そんなことをさせる前に、黎を、真北を、そして灯馬を助け出し、望未を警察に差し出さなくてはならない。   しかし。 「約束は出来んな」 「関さん!」 「お前にはなんの権限もない」 「わかっています。俺は、関さんに人殺しになってほしくないだけです」 「じゃあお前は、何百人と罪のない人間を殺したあいつをのさばらせておく気か」 「のさばらせるのではありません、逮捕を・・・」 「お前は甘いんだよ!」  関は急に声を荒げ、馨の手を払いのけた。そして今度は関が馨の肩を持って勢いよく壁に打ち付けた。 「そんな余裕はねえんだよ!黎がまだ生きているかも解らねえんだぞ?!」 「関さん!」 「保証はねえぞ!もちろんあいつは簡単にくたばったりしねえが・・・もし既に事切れてたら、お前、望未を逮捕するだけで済むか?」 「そ・・・それは・・・」 「そういうことだ。俺は、望未のせいで大切なものを手放した・・・その落とし前はつける」 「・・・・・・」 「・・・大丈夫だ、黎は生きてる。さっきのは単なる例えだ」  馨は最悪の事態を想像して、背筋が凍った。が、関がおもむろに取り出したものを手渡されて、さらに冷や汗が出た。 「いざとなったらこれを使え」  関が取り出したのは、旧式の拳銃だった。馨は首を横に振り、それを押し返した。すると関は口の端をつり上げて笑った。 「銃刀法違反ですってか?これは保険だ」 「どんな理由であっても俺はこれを持てません」 「弾は入ってねえぞ」 「信じられません」 「じゃあ確認してみろ」  そう言われて馨は渋々、本当に弾が充填されていないかを確認した。確かに何も入っていなかった。 「どうだ、嘘は言っていないだろうが」 「・・・それでも俺は持ちません」 「構えるだけだ。それではったりが効く」 「グレアを使います」 「何言ってんだ、お前が本気でグレアを使えば、半径三メートル以内のDomの頭がもれなく木っ端微塵に吹っ飛ぶぞ」 「え・・・?」 「お前、マジで自分の力をわかっちゃいねえようだな。だから望未はお前のグレアを取り込みたいんだよ」 「・・・黎さんもそう言っていましたが、俺は自分にそれほどの力があるとは思えません」  関はわざとらしく肩をすくめると、あきれたように言った。 「そりゃあ、暴発しないように黎がうまいことコントロールしてんだろうが。まさか気づいていなかったのか?」 「黎さんが・・・?」 「おいおい、お前本当にDomか?」  ははっと笑った関は、外から聞こえたわずかな音に反応してドアを見た。つられて馨も身構える。 「おしゃべりは終わりだ。そろそろ行くぞ」  関の本気の声に、馨は仕方なく弾の入っていない拳銃を制服の下に潜ませた。
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