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「えっ・・・」  馨は耳を押さえ、後ろを振り返った。 「どうした?」  配電盤を難しい顔で睨んでいた関が馨に尋ねた。 「すみません、何か、聞こえませんでしたか、今・・・」 「何かって何だ」  関のいぶかしげな表情に、馨は話題を終わらせた。 「・・・いいえ、すみません、気のせいです」 「大丈夫か?」 「はい」  真北の声が聞こえた気がした。今まで黎の声が聞こえたことはあっても、他の誰の声も聞こえたことなどなかった。  電気配線に細工して停電を起こす、と関は言った。配電室に入るまでに五人の職員に遭遇した。 殴ろうとした関を制して、馨はグレアで五人全員の気を失わせた。すぐには目を覚まさない、しかし死なない程度の強さをコントロールする馨に、関はひゅうっと口笛を吹いた。 「なんとかなりそうですか」 「そのために電気技師のふりして忍び込んだんだ。なんとかするさ。ちょっと待っとけ」  元警察官で、今は警察医、そして電気技師の資格も取り、危険な場所に潜入し続ける関。誰の助けも借りずたったひとりでここまで出来るモチベーションは何なのか。  妻も子供も亡くなっているのであれば、彼らの墓前に報告することが目的になるだろう。しかし妻は生きているという。彼女がどういう状況なのかはわからないが、関は「望未に操られている」と言った。望未の父親はとうの昔に他界し、妻を奪われた恨みを直接晴らすことも出来ない。だからといって残された息子の望未にその恨みをぶつけるというのも不自然だ。  関は元警察官らしく、危険な望未の行動を止めるためだ、と言った。が、心底そう思っているなら「怨恨」だとは言わないだろう。そしてもっと早く、馨や黎と協力したはずだ。  なにかが不自然だ。馨は配電盤を操作する関の後ろ姿をじっと見つめた。  白髪混じりの頭、日焼け気味の肌。手足は割と長く、この年齢でも鍛え抜かれた筋肉がついている。年相応の皺が刻まれた彫りの深い顔は整っていて、かつては甘いマスクの美青年であっただろうことは容易に想像出来た。  関は、額、そして首筋を覆う玉の汗を、うっとおしそうに素手で拭った。襟足の髪が汗で束になり、首の付け根の肌が一瞬あらわになった。 (え・・・?)  そこに見た、赤く、薄く膨らんだ傷を、馨はどこかで見た。  思い出すまでには数秒を要した。ケロイド状の傷跡。それを見たのは二回。  一度目は真北晴臣の背中。ランドオブライトの最初の爆発事故で負った傷だと本人から聞いた。そして二度目は、まだ前嶋望未が「久坂千尋」として馨と接触していた頃ーーーーー生まれつきだと誤魔化したあれは、真北と同じ、爆発事故の時にできた火傷の痕に違いない。では、この男のこれは何だ?偶然か? (やっぱり何かがおかしい・・・これは・・・)  馨は無意識にその傷跡に手を伸ばしていた。頭の中で大音量のアラートが鳴っている。その時だった。  ふっと、部屋の照明が消えた。
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