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(かおる)は翌日から、早速仕事が始まった。自衛隊員だったという偽の素性のせいか、与えられたのは肉体労働に近いものだった。 と言っても、普通の肉体労働ではない。 「この部屋は特別な造りになっていて、どれほど強いグレアを放出しても、壊れないし漏れることもない。思いっきりやってみてくれ」 真北(まきた)は楽しそうに、物騒なことを言った。 「これは何の訓練ですか」 「最大値を上げる訓練だ。慣れればコントロールも可能になる」 「・・・コントロール出来るようになると、盟主のお側に仕えることができますか」 馨は直球をぶつけてみた。まっすぐな言葉の方がもしかすると何か動くかもしれない。新人と言う立場のうちに、使えるものは使ってみることにした。 「まあもちろん、可能性がないわけではないが、それにはいろいろ経験しなくてはならないよ」 馨は精一杯ひたむきさを演出して言った。 「どんな訓練も甘んじて受けます。盟主のために働きたいんです」 「・・・高月くんのグレアの強さは、盟主もよくおわかりだ。うまく行けば護衛に抜擢していただけるかもしれない。何にせよまずはコントロールを学ぶべきだ。さあ、やってみてくれ」 四方は剥き出しのコンクリート。確かに頑丈な作りだった。 馨は大きく息を吸い込み、精神を集中させた。 蓮見のグレアを浴びたときとはまた違う緊張感。相手がいないのであれば、遠慮することはない。髪が逆立ち、身体中の血が沸騰する。 次第にコンクリートの壁にひびが入り、通常では聞こえないような音が響き始めた。 馨は構わず、グレアの放出を強めた。 とうとう、ビシッと大きな音と共に、コンクリートにはっきりとした亀裂が入ったとき。 「そこまで!」 真北が叫んだ。 「想像以上だな・・・・・・」 「す、すみません、壁が」 「いいんだ。それより、使い慣れていないと言ったな」 「はい」 「これはうまく使わないと諸刃の剣だ。契約を結んだSubは?」 「いいえ、おりません」 「そうか。体調不良になったことはないのか?」 「抑制剤を飲んでいたので、それほどは・・・」 「これからは定期的にプレイをしたほうがいい」 「・・・パートナーを作らなければならないということですか」 「・・・ついてきなさい」 真北はふと真顔になり言った。 コンクリートの壁の部屋を出て、長い廊下を歩く。馨が生活する棟とは逆方向に真北はどんどん進んで行った。 この施設は外から見るよりも、内部はずっと広い造りになっていた。吹き抜けの庭を囲む住居棟、盟主のいる特別棟、訓練棟、外部への窓口となる営業棟・・・おおよそは把握していた馨だったが、真北が向かっているのは倉庫がある方向で、向かう廊下では誰ともすれ違わない。 Subのパートナーの有無を話していたはずなのに、どうして倉庫に? 真北は急に足を止めた。 そこは紛れもなく倉庫の入り口だった。真北は携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。 「ああ、真北だ。これからひとり連れて行くのでよろしく」 ひとりというのは馨のことなのだろう。真北が電話を切ると、倉庫の重い扉がぎぎ、と左右に開き始めた。真北は何も説明をしない。 五分ぐらいかけて扉が全開した。中は至って普通の倉庫だった。莫大な量の段ボール箱と、怪しい木箱の山が積まれている。奥の方には使い古したタイヤ、丸められた絨毯やモップやバケツなど、まとまりのない物がところ狭しと詰め込まれていた。 「こっちだ」 真北は倉庫の中に足を踏み入れた。薄暗い通路をまっすぐ進む。馨は積まれた荷物を真北に気づかれないようにチェックしながら後に続いた。 倉庫の最も奥の壁の前で、真北の足は再び止まった。グレーの壁を三度ノックする。 「え・・・っ・・・」 壁は、ごご、と音を立ててこれも左右に開いた。 馨の調べでは、倉庫は建物の最も北側にあり、まさかこの先があるとは思っていなかった。 壁の向こうには地下に下りる細い階段があり、真北は振り返り一度馨を確認すると、そこを下り始めた。 そして、地下にあったのはーーーーーーーーー むせび泣き、嗚咽、嬌声、怒声、そして喘ぎ。地下室で行われていたのはたくさんのDomとSubのプレイだった。 プレイだけを楽しんでいる者もいれば、セックスをしながら同時にプレイしている者もいる。男女、男同士、女同士、年齢も様々だった。 暗い部屋に赤い照明、天蓋付きのベッド、SMプレイに使うような器具が天井から吊られており、部屋の中心に据えられた大きなテーブルには何本も蝋燭が置かれていた。 「見ての通り、ここはプレイルームだ」 馨は絶句した。 確かに、施設の中ではDomにしか遭遇しない。未成年のS u bを海外に売り飛ばしているという噂だったが、施設内にいるのはDomばかり。 DomもSubもプレイをしなければ、体調に異変を(きた)す。抑制剤を飲んでいた馨はプレイはおろか、契約したいと思う相手にも出会っていない。 「ここにいるSubは、誰とも契約を結んでいない者たちだ」 「!」 「一般的にはレイプと見なされる状態だが、自ら望んでやってきた者ばかりだ。優秀なDomのの為に働き、同時に彼らも欲求を満たすことが出来る」 「そ・・・それは・・・違法ではないのですか」 「合法だ。どちらもプレイを望んでここに集まっているのだから。そういうバーも・・・世の中にはあるんじゃないのか?」 「それは・・・確かにありますが・・・」 「彼らはDomがこの世の為に力を発揮するために、欠かせない存在だ。身寄りがなかったり、心を病んだ経験のある子もいるが・・・皆、盟主の庇護のもと幸せに暮らしているんだ」 「幸せ・・・」 「そうだ。まあ初めてなら驚くのもわかる。それで、高月くん」 真北はぽん、と馨の肩を叩いた。 「君も体調管理のために、月に一度はここを利用するといい」 「・・・・・・」 「皆、自分の都合にあわせて利用している。君のランクなら、相手に困ることもないだろう。プレイしたいSubはたくさんいる。。・・・ほら」 相手のいないSubが待機している、ソファとテーブルが置かれたスペースには、半裸の少年、下着姿の少女、煙草をふかす青年などがくつろいでいる。 その中の数人が、馨を見ていた。 火照った肌と潤んだ瞳。従属したい、支配されたい、という欲求を馨に向かって遠慮なくぶつけてくる。 真北は言った。 「見繕ってやってもいいが・・・どうする?」 「い・・・いえ、僕は・・・」 馨の中のDomの習性が頭をもたげる。薬を飲んでいた時には感じなかった熱さ。本当に身体の中から抑制剤が抜けているらしい。 「今は体調がいいので、大丈夫です」 「・・・そうか」 真北はうなづくと、もう一度馨の肩を叩いて歩き出した。 部屋を出るまで馨の全身には、Subたちの熱い視線がまとわりついて離れなかった。 このシステムを蓮見(はすみ)は黙認しているのだろうか。それとも本当の盟主によって黙認させられているのだろうか。 馨は自分の身体の中にはっきりとDomの性質があることを自覚しながら、そう考えていた。
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