13

1/1
前へ
/97ページ
次へ

13

「停電だ!」 「非常電源はどうした、稼働してないぞ!」  晴臣は明かりの消えた廊下を、迷うことなくまっすぐに黎のいる部屋に向かっていた。非常事態に備えてポータブル電源を完備してあるが、万が一望未の息のかかった者が侵入していたら危険だ。   途中で警備員とすれ違った。懐中電灯を預かり先を急ぐ。 「蓮見さん!」  もちろん部屋の照明は消えていた。懐中電灯で部屋中を照らすと、ベッド脇に立っている黎がいた。 「蓮見さん!大丈夫ですか!」 「停電か」 「そのようです。ご安心ください、この部屋にはポータブル電源が・・・」  晴臣がそこまで言った時、黎の首もとに誰かの腕が見えた。そして何か光るものも。 「真北・・・来るな」 「蓮見さん!」  晴臣は懐中電灯を黎の奥にいる人物の顔を照らし出した。  そこには、青い顔をした女が立っていた。女は自分より背の高い黎の首に腕を回し、刃物を突きつけていた。 「真北、あんたが会わせてくれないからよ」 「弓衣さん!」  晴臣が叫んだ瞬間、黎の目が見開かれた。 「今・・・なんて・・・」  黎の言葉には反応せず、女は晴臣に向かって言った。 「この男を見ていると頭が痛くなるの・・・ねえ、こいつは誰なの?」 「弓衣さん、刃物を仕舞ってください」 「Domなんでしょ?グレアがだだ漏れてるわ」  女は刃物の切っ先を首にめり込ませた。黎が顔を歪める。晴臣は一歩踏み出した。 「何をしたいんです」 「・・・この男、あの子に関係があるんでしょ?あの子の何なの?」 「望未さんとは関係ありません」 「嘘よ。あの子、この男がここに来てからおかしいもの。・・・ねえ、あんた名前は?」  女は黎の耳元に顔を寄せた。黎は答えず、晴臣を見ていた。そして数秒の間を置いて、黎は女のみぞおちを肘で打った。 「う・・・っ・・・」  女はたやすく膝から崩れ落ちた。手から刃物が落ちた。それはよく見ると小さな果物ナイフだった。晴臣は慌てて黎に駆け寄った。 「大丈夫ですか?!」 「たいしたことない・・・真北」  黎は首の傷を押さえながら、仰向けで気を失っている女を見下ろした。 「この人は・・・誰なんだ?さっき弓衣と・・・」  黎と晴臣は視線を合わせた。晴臣は女の側に膝をつき、果物ナイフを取り上げ、こう言った。 「・・・前嶋弓衣です。望未の母親の」 「生きて・・・いたのか・・・」    晴臣は黎が驚かないのを不思議に思った。 「彼女のことを知って・・・?」 「ああ・・・調べた。死んだと思っていたが・・・」  薄く唇を開けて倒れている前嶋弓衣は、望未の 母親にしては歳を取っていた。亡くなった夫の望未の父は生きていれば七十近いはずだ。弓衣はどう若く見積もっても五十代半ば。  晴臣は言った。 「私もここに来て、彼女が死んだものと思っていました・・・死んだも同然の状態ではありますが」 「どういう意味だ?」 「彼女は望未を産んだことを覚えていないんです」 「なんだって・・・?」 「覚えていないというか・・・自らその記憶を無かったことにしているようです」  弓衣と望未は、施設内でも滅多に顔を合わせることはない。 「何があったのかは知りませんが・・・望未は弓衣と会おうともしません。奴の方も母親だと認めていないようで・・・」 「何か確執があるんだろうな」 「ええ・・・しかしこの停電は彼女がやったものとは思えません。こんなことを出来る人ではないんです」 「・・・真北。この人を連れて行くぞ」 「蓮見さん」 「きっと切り札になる」  黎の目は警察官のそれに戻っていた。晴臣は力強くうなづき、倒れた弓衣の身体を抱き上げた。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加