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(聡介、もう行くの) (行くよ。大丈夫、無事に帰ってくるから心配するな)  警察官だった晴臣の兄、聡介。彼が就職してから、聡介と晴臣は会う機会がぐんと減った。が、帰宅できる日には必ず晴臣との時間を取っていた。  聡介はたったひとりの弟である晴臣を子供の頃から溺愛していた。心配そうに見送る五つ違いの弟に、聡介は必ず「無事に帰ってくる」と言って出かけた。 「・・・兄と最後に話したのは、電話です。多分、あの直後に潜入捜査員になったのだと思います。そこから連絡はつかなくなりました」  最後の電話で聡介は「無事に戻ってくる」とは言わなかった。潜入捜査員は一度潜入先に入ったらそう簡単に抜けられないことは、一般人の晴臣でも知っている。もしかするとこれが最後なのではないか、という直感もあった。 「本当にそれが最後になるとは思いませんでした。おそらく兄は、私がランドオブライトに入るずっと前に死んでいます」 「・・・・・・」  そんなことはない、諦めるな、という言葉に意味はないことを黎は知っていた。身内の勘、そしてDomとしての晴臣の勘に間違いはない。 「ですが、死の理由も知らないままでは兄が不憫過ぎます。どうしてもそれだけは解明してやりたいんです」 「前嶋は・・・何を知っていた?」 「私が弟だということと・・・両親の名前、他界した父の命日、兄が警察官になった理由・・・」 「そんな情報を、いったいどこから・・・」 「個人的なことばかりなので、警察関係者からのリークか、母や親戚から聞き出したかではないかと・・・」 「お母さんは無事なのか」 「海外に住んでいる親戚のところに行かせました。日本にいない方が安全かと思ったので」 「・・・お前もひとりなんだな」 「・・・え?」  黎は自分の出生を晴臣には話していなかった。 「いや、何でもない」 「・・・蓮見さん」  晴臣と黎は気を失った弓衣を連れて、センター棟から出られる地下通路への階段を降りている途中だった。 「私は兄と会えなくなりましたが、あなたに会うことができました。・・・ここまで兄の死の真相に近づけたのも、あなたのおかげです」 「・・・俺の方が年下じゃなかったか?」 「・・・精神的な問題です」 「そうか」 「はい」 「・・・まだ終わってないからな。礼は終わってから聞こう」 「・・・はい」  階段を降りきり、晴臣は背負ってきた弓衣を一度降ろした。息が上がっている晴臣に、黎は言った。 「大丈夫か」 「ええ・・・少し、呼吸を整えさせてください」 「ああ。少し休め、俺が様子を見てくる」  黎は晴臣が準備した黒いブルゾンとパンツ、スニーカーを身につけていた。階段は直接外に繋がっている。鉄製のドアを薄く開け、外の様子を伺うと、十メートルほど先のフェンスの出口に、見張りの男が二人立っていた。静かにドアを戻し、振り返った黎は息を呑んだ。 「ご苦労様」  気を失ったはずの弓衣が、今度は晴臣の首に果物ナイフを突きつけていた。晴臣の尻のポケットに入っていたナイフを抜き取ったのか、太股の外側の生地が一部裂けていた。 「は・・・すみさん・・・」  晴臣は申し訳なさそうに黎を呼んだ。弓衣の持ったナイフは既に晴臣の肌を切り裂いていて、血がワイシャツの衿を染めていた。  そして弓衣からは禍々しいグレアが溢れ出していた。 (前嶋弓衣はSubじゃなかったのか?!)  黎は身構えた。前嶋裕は、Subの弓衣と会ったことで全ての歯車が狂ったと、楠木佳人は言っていた。  このグレアには覚えがある。禍々しさが望未のものによく似ている。  黎は言った。 「あんた・・・もしかしてSwichなのか?」  弓衣は眉根を寄せ、細めた目で黎の顔を凝視した。 「Swich・・・?」  弓衣はかすれた声で聞き返した。その声が黎の頭にも響いた。その瞬間、黎のこめかみがきりりと痛んだ。 「痛・・・っ・・・」 「蓮見さん!」  晴臣が叫んだ。黎は二人の目の前で、頭を押さえてがくんと膝から落ちた。  と、急に晴臣の首に刺さっていたナイフがカラン、と音を立てて床に落ちた。晴臣が振り向くと、弓衣もまた、頭を押さえてしゃがみこんでいた。 「えっ・・・?!」  晴臣は立ち尽くし、黎と弓衣を見下ろした。   
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