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「父は・・・Domだったのですが、グレアが強すぎて働いていた会社を首になりました」  パワハラ疑惑を浴びせられた晴臣の父は職を失い、そこから酒浸りになり、家に寄りつかなくなった。まだ幼かった晴臣を支えたのは病弱な母ではなく、兄だった。 「私が中学生の頃、父が酔って人を殺し、逮捕されたと連絡が入りました。母はショックで入院して、その後私を育ててくれたのが兄です」  真北聡介はNormalだった。父のしたことを許せずに、警察官になることを決めた。晴臣も警察官になりたいと話したが、聡介は晴臣を止めた。 「兄は・・・その、言いづらいことですが、Domの力で警察の仕事をすることを嫌っていました。本来ダイナミクスに頼らずとも判断が可能なことを、なんでもそれで片づけようとすると・・・」 「・・・・・・」 「それは父のせいでしたが・・・次第に私も同じように考えるようになりました。だから私は一般人として、兄の潜入先のランドオブライトに入ることにしたんです。でも・・・」  晴臣は膝の上で両手を組んだ。顔だけを黎に向けると、晴臣は言った。 「Domである警察官の中にも、あなたや・・・高坏のような人がいるのだと知りました。正しくグレアを使える人間に私はほとんど会ったことがなかったので」 「・・・・・・俺はそんな人間じゃない。高坏は・・・あいつはそうかもしれないが」 「あなたは自分が思っているよりずっと勇敢です。高坏はあなたのそこに・・・・・・惚れたのでしょう」 「・・・・・・」  黎は黙った。そして顔色を変えずに答えた。 「そう・・・だといいんだがな」 「そうでなきゃあなたを助けにここまで来たりしないでしょう」 「・・・あいつがどんな気持ちなのか、本当のところ、今でも俺にはわからないんだ。俺は・・・自分以外の人間に、純粋な愛情を向けられたことがない」 「蓮見さん・・・」 「俺は実の親の記憶がない。兄弟もいたかどうかわからない。友人は就職してから数人はいたが、それも潜入捜査員になってからは縁が切れた。だからこんな話が出来るのはお前と・・・」  はっとして、黎は口をつぐんだ。晴臣と目を合わせたまま、黎はゆっくり頭を押さえた。 「蓮見さん、大丈夫ですか、頭痛が?」 「いや・・・違う・・・」  友人、同士、仲間・・・そんな言葉が次々と黎の頭に浮かんだ。馨とパートナー契約を結んだ。しかしその関係に、黎はわかりりやすい名前をつけられないでいた。  そして、真北晴臣との関係にも。 「・・・真北」 「はい」 「これが終わったら、お前と・・・馨と・・・飯を食いに行くぞ」 「飯・・・」 「いいか、これは誘いじゃない。命令だ。お前はまだ俺の部下なんだろ」 「は・・・はい」 「好物はなんだ?肉か、鮨か・・・」 「・・・肉が、好きです」 「焼き肉か」 「・・・笑いませんか?」 「・・・?ああ」 「ハンバーグです」 「ハン・・・?!」  黎はこらえきれないように吹き出し、声を上げて笑い出した。晴臣は足下に視線を落として、独り言のように呟いた。 「・・・だから笑わないでくださいって言ったじゃないですか・・・」 「そのなりでハンバーグって・・・はははは」 「なりは関係ないでしょう・・・好きなんですよ、まんまるのハンバーグ」 「じゃあ、それを食いに行くぞ。ハンバーグは俺も好きだ」 「蓮見さん・・・」 「命令だからな」 「・・・わかりました」  黎は前を向いたまま、晴臣の手を握った。  その時だった。 「・・・・・・ねえ」  女の声が、ベッドの上から聞こえた。弓衣が目を覚ましたのだ。 「あんたのお兄さんのこと・・・知ってるわ、真北 」
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