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「う・・・っ・・・」  馨はずきずきする頭の痛みで目を覚ました。あたりは真っ暗で、何も見えない。そして何があったのかをすぐには思い出せなかった。  上半身を動かすと、両腕が後ろで縛られているのがわかった。ロープかなにかが食い込んで痛みが走る。足は自由に動いた。  暗闇に目が慣れてくると、少しずつ記憶も蘇ってきた。センター棟を脱出し、黎の行方を探していた。警備員をひとり捕まえて案内させようとしたまでは良かったが、隙をつかれて大声を出された。それから四、五人の警備員に囲まれたところまでは覚えている。 (何とか抜け出さないと・・・)  体勢を整えようと足を踏ん張った。あたりには家具も壁もない。あるのは冷たい床だけで、感覚を研ぎ澄ませても状況が把握出来ない。だだっ広い空間に馨だけがぽつんと取り残されたかのようだった。  かたん、と小さな音がした。そしていきなり四方から強すぎる光に照らされて、馨はとっさに目を瞑った。閉じた瞼越しにも強い強い光が差し込んで来て、目を開けられない。 「お久しぶりですね」  誰かが馨を呼んだ。スピーカーすらないのに大きく響く。照明の強さに慣れやっと目を開くことが出来たときには、不思議な場所にいることがわかった。  馨は、何もない、がらんと開けた部屋の真ん中にいた。四方の壁にはすべてカーテンがかけられている。どれだけ殴られたのか、口の中に血の味が広がっていた。  声はどこから聞こえるのか。誰かが入ってくるドアすら見あたらない。 「その縛っているロープ、あなたなら簡単に切れるはずです」 「なに・・・?」  その声が誰かはすぐわかった。が、姿が見えないのでどうすることも出来ない。とりあえず腕を動かしてみるが、さらに縄が食い込むばかりで外れる気配はない。 「違いますよ、よく考えてみてください。他にも方法があるでしょう」  苛つきながら馨は考えた。要するにグレアを使え、ということだろう。不本意ではあるが、外れるならそれでいい。馨は自分の手首に神経を集中させた。  「声」の言うとおり、ロープはいとも簡単に切れた。手首にはくっきりと縄目がついている。 「お見事です、高月馨さん」  目の前の壁を覆い隠していたカーテンが電子音と共にそれぞれ左右に開いていく。なんとその部屋は四方がガラスで覆われており、とんでもなく高い場所にあった。眼下にはランドオブライトの講堂のように、たくさんの人間が集まっていた。人々の真ん中に伸びた塔の上に、箱状の部屋が乗っている。その箱の中にいるのが馨。そんな構造だった。  そして馨の居場所と向かい合うように、同じ高さの位置の壁に埋め込まれた部屋があった。  そこに薄ら笑いを浮かべた前嶋望未がいた。 「前嶋・・・」 「僕の本名を知ってるんですね」 「前嶋、黎さんはどこだ!ここにいるんだろう! 」 「・・・他人の心配の前に、自分の心配をしたほうがいいと思いますけど」  馨は立ち上がり、ガラスの壁に近づいた。目もくらむほどの高さ。下から見上げている人間たちは皆同じクリーム色の服を着ている。うつろな目をして馨のいる箱を見上げているのが気持ち悪い。  試しにガラスを叩いてみたが、その厚さは防弾ガラスに近かった。馨は繰り返した。 「黎さんはどこなんだ!生きているんだろうな?!」 「・・・ええ。ぴんぴんしています、今のところは」 「会わせろ!ここから出せ!」 「会わせてはあげますよ。ただしそこから見物することになりますけど」 「見物?!」  向かい合った部屋の椅子に、足を組んでゆったりと座っている望未は、外国の民族衣装のような出で立ちだった。宝石がびっしりと付いたベルトでウエストマークされたチュニック型の服。顔にはうっすらと化粧を施し、足下は裸足だ。彼の椅子の周りにはスーツ姿の数人の男たちが立っている。 「主役の登場の前に・・・彼を知っていますよね」  望未はにっこり笑って、大勢の人間がひしめく眼下を指さした。ちょうど、御輿のようなものに乗せられてある人物が運ばれてくるところだった。顔に赤いサテン地の布を被されていた。人々の中心までやってくると、御輿を担いできた男のひとりによって、うやうやしく布はめくり上げられた。  現れた顔に馨は息を呑んだ。 「と・・・灯馬!」
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