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「高月くん!」 真北(まきた)と別れ、部屋に戻る道すがら、声をかけてきたのは(みさき)だった。 「あ・・・」 「やっと見つけた!」 岬は少し不満そうに(かおる)を見上げた。手にはノートPCを持っていた。 ふてくされた顔を見て、馨は彼と「自由時間」に会う約束をしていたことを思い出した。 「ご、ごめん」 「その格好ってことは、準備部屋出れたんだ?」 「そうなんだ。ごめん、約束・・・」 「出たら出たで忙しくなるのはわかってるから、いいけどさ」 「連絡のしようがなかった」 「そうか、まだ携帯持たされてないもんね」 「携帯?」 「そ、これ」 岬はデニムのポケットからシルバーのスマホを取り出した。そういえば真北も同じ機種の携帯電話を持っていた。岬のものには、赤いストラップがついていた。 「施設内だけで使える電話。そのうち持たされるよ」 「・・・どこから連絡が来るんだ?」 「そりゃあ・・・いろいろじゃない?それよりさ」 岬は馨の腕をぐいっと掴んだ。 「昼、食べた?」 「まだだけど」 「一緒に食べようよ。食堂あるの知ってる?」 「いや、配膳されるのしか食べてない」 「だよね、結構うまいから行こう?」 岬は馨の返事を待たずに腕を引っ張って歩き出した。 「あ、そうだ、高月くんさ・・・下の名前、馨だよね。馨って呼んでいい?」 「え?」 「タカツキクンって言いづらくてさ」 「あ、ああ、いいけど・・・」 「俺のことも名前で呼んでよ。灯馬(とうま)っていうんだ。灯すに馬で、トウマ」 「・・・わかった」 そもそも硬派な馨は、ファーストネームで呼び合うような友達が少なかった。会って数日の岬、もとい灯馬に名前で呼ばれることには違和感しかない。しかし全ては捜査のためだ。 食堂で日替わり定食を頼んだ。 厨房で働いているのも見るからにDomばかりだった。皆一様に自信に満ちた顔をしている。 「で、ずいぶん早く出てきたね」 「早いのか?」 「普通、あと数日は出してもらえないよ。優秀なんだね」 「優秀かどうかは自分じゃわからない」 「グレアが強いの?」 「・・・人と比べたことはないから」 「ふーん・・・今度比べっこする?」 「それはやめておくよ」 「冗談だってば。それで、盟主には会えた?」 いきなり本題に入られて、馨は面食らった。蓮見(はすみ)のことを感づかれてはならない。 「ああ・・・会ったよ。灯馬に聞いていたから、心の準備が出来てよかった」 「どうだった?」 「・・・やばかった」 この任務について、最も困っていること、同時に役立っていることは、馨が口べたであることだった。警察官仲間の中でもとにかく人と話をすることが苦手だった。特に灯馬のような、フレンドリーで他人との距離が近い相手とは、巧く話せなかった。しかしそれが功を奏す時もある。自ら話題を提供しなくても、切り抜けられる場合があった。 今回は、出来るだけ砕けた言い方で、かつ言葉少なに話せば、根掘り葉掘り聞かれないだろうと踏んだ。 「ほんと、やばいよねえ・・・なんかさ、盟主のグレア浴びて失禁した人もいるらしいよ」 真北も同じことを言っていた。こういう言い方をするということは、灯馬本人はそこまでダメージを受けなかったということだ。 いかにも軽い雰囲気を装っているが、おそらく彼も強いグレアの持ち主なのだろう。 「馨は大丈夫だった?」 「ぎりぎりかな」 「やっぱり優秀じゃん。それで、どの部署に配置になりそう?」 「それはまだ聞いていない・・・でも、もしかしたら盟主の護衛につけるかもしれない」 「マジ?!」 灯馬はテーブルに手をついて立ち上がった。周りの視線が一気に集まる。馨が口の前に人差し指を当てて制すると、灯馬はあわてて両手で口を覆って、すとんと腰を下ろした。 「声でかいって」 「ごめんごめん、びっくりしちゃって・・・ってゆーか、護衛って・・・真北さんレベルじゃん!」 真北がどのランクのDomなのかはわからないが、盟主の側近なのだろうということは想像出来る。ここにいる者達からすると、盟主に最も近い存在として信用されているのだろう。 「ああ・・・真北さんはやっぱりすごい人なんだ?」 「あの人いないとここ回らないらしいよ?外部に対しての手腕がすごすぎるらしい」 「ランドオブライト」が検挙されないのは、真北の功績なのかもしれない。彼は蓮見がダミーだということを知っているのか。まさか知っていて黙認するなんてことはないだろう。 だとしたら、本当の盟主に真北も騙されていることになる。 「馨、やっぱすごいんだね」 「すごくないよ・・・、かも、って話だから」 「俺なんか、プログラマーさせてもらえることになったのに、体調良くなくてさ・・・やっぱりプレイしないとだめなんだよね」 プレイ。 やはりここにいる人間は、あのプレイルームを利用するのだ。世の中の為にDomの力を利用する、という大義名分によって集まって来ているのだから、大概罪悪感は麻痺している。 「馨は、ここに来る前、パートナーはいたの?」 「・・・抑制剤飲んでたから、いないよ」 「薬飲んでても全くプレイしないってことなくない?」 「俺はあんまり・・・しなくても平気だった」 「珍しいね~、あ、でもこれからはしないときついんじゃない?」 「・・かもしれないな」 「俺さ・・・ここに入る前、三年付き合ったパートナーいたんだけど・・・」 「うん?」 「喧嘩して・・・カッとなって、グレア出ちゃって・・・・可哀想なことしちゃったんだ」 「・・・・・・」 「バッドトリップから戻れなくなっちゃって・・・今も入院してるんだ。だから、ここに来た」 馨は黙ってうなづいた。 「コントロールが巧くないから、ちゃんと管理されてるところなら、もうSubを傷つけないでいられるかなって思ったんだよね。・・・俺、決めてるんだ」 「・・・何を?」 「新しいパートナーが出来たら、今度こそ優しくするって。ちゃんと欲求を満たしてあげられるDomになろうって」 灯馬は恥ずかしそうに微笑んだ。馨は、そうだな、と答えた。 ここには、いろいろな想いを持ってDom達が集う。灯馬も馨も、コントロールが効かなくて苦しんだのは同じ。無事に警察官になっていなければ、自分だってどうなっていたかわからない。 この力を真っ当に使うことが出来ればいいのに。 そう思いながら、馨は昼食を終えた。
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