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 晴臣は望未の指示に従い、黎の眠る檻に入った。外から鍵をかけられるとまわりを取り囲むDom達の歓喜の雄叫びが、馨、そして晴臣の背筋を凍らせた。  望未はわざわざ椅子を準備させると、檻から少し離れたところで悠々と腰を下ろした。馨の両側を押さえる警備員たちは力を緩めることなく締め上げ続けている。 「前嶋!どうしてこんなことを!」 「・・・どうして?」 「お前はランドオブライトを破壊した・・・それで十分だったんじゃないのか?!黎さんを痛めつけて何の意味がある?!」 「痛めつけるなんてとんでもない。Swichとして本来の役割を担って貰っているだけだ」 「そもそも黎さんをSwichに作り替えたのはお前だろう!彼はDomだった!」 「・・・何も知らないんだね。もっと調べ上げていると思ったよ」  望未は鼻で笑うと、檻の中の二人に向かって言った。 「外野がうるさいからさっさと始めてよ。そうしたら少しは静かになるだろうから」  晴臣は横たわった黎を、自分の膝の上に寝かせていた。なかなかプレイを始めない二人に、ギャラリーは苛つき、怒号を浴びせ始めていた。晴臣は黎にだけ聞こえるボリュームでささやいた。 「蓮見さん・・・蓮見さん、起きてください」  うっすらと瞼を持ち上げた黎は、晴臣の切羽詰まった表情に、小声で答えた。 「まきた・・・?俺は・・・」 「聞いてください。私はこれからあなたとプレイをしなくてはなりません」 「プレイ・・・?」 「ですがあなたは支配されている振りをするだけでいい・・・本当にプレイをする必要はありません。決してあなたの尊厳は傷つけない・・・いいですね」 「ここは・・・どこなんだ・・・」 「心配いりません・・・高坏のカラーがあれば、あなたは決して傷つかない」  そう言って晴臣は、黎のブルゾンの襟に手をかけた。その中で馨の渡したプラチナのチェーンネックレスが輝いていた。  馨は目を背け、唇を噛んだ。晴臣が強い決意を持ってこの方法を取ったことを馨も気づいていたからだ。  ダイナミクスのパートナーとして契約を結んだ黎と馨。馨が「黎」と呼ぶことで黎はDomからSubに切り替わる。つまり今の時点では黎はDomだった。  生まれつきSubであれば、たとえカラーをしていても力づくでプレイをすることは可能だが、それはつまりレイプにあたる。強いられたSubは間違いなくバッドトリップに陥る。  晴臣は馨が黎に渡したチェーンネックレスを見て、馨の前では彼がSubになることを知った。が、ここに来るまで二人で警備員をDomが発するグレアで退けてきた。つまりSubに切り替わるきっかけは無かった。さらに晴臣はそのきっかけが何なのかを知らない。ならば、黎がまだDomであることを隠し、望未を騙すことが出来れば勝機はある、と晴臣は考えていた。  晴臣の背中に、望未の冷たい声がかかる。 「わかってる?純愛物語が見たいわけじゃないんだ」 「・・・わかっています」  晴臣は最初のコマンドをかけた。 「Kneel」  黎は黙って膝を折った。じゃらり、と鎖が鳴る。晴臣は黎の正面に立ち、顎を上向かせる。その瞳を見て、黎がまだ正気であることを知り晴臣は安堵した。予定通り、このままプレイを続ければ望未に気づかれずに何か突破口を見つけられるかもしれない。 「Stay」  次のコマンドをかけると、晴臣は乱暴にブルゾンを左右に引きちぎった。 (高坏・・・許せ)  心の中で馨に謝りながら、晴臣は黎の上半身の肌を晒した。黎は甘んじてそれを受けた。ギャラリーがどよめき、荒い息が二人を包む。望未は無表情で凝視している。    次のコマンドをかけるかどうか、晴臣は悩んだ。それが馨に対しての後ろめたさだけではないこともわかっている。自分はこの状況を利用してはいないかと、心が問いかけてくる。しかし望未の視線は、考える余裕を与えてくれない。  晴臣は自分も膝を折り、黎と同じ視線になって低い声で言った。 「・・・・・・Kiss」  黎の瞳の奥に、ほんの少しだけ驚きが浮かんだ。 (蓮見さん・・・すみません) (・・・かまわない。今はお前に任せる)  黎は両手をぶら下げたまま顔を近づけ、晴臣の唇に自分の唇を重ねた。  その感触が、晴臣の理性をほんの少しねじ曲げた。  すぐに離し、次のコマンドをかけるはずだった。 「・・・っ・・・」  晴臣は唇を重ねたまま、黎の身体を冷たい床の上に横たえた。仰向けになった黎は自分を見下ろす晴臣と視線を交わした。 (真北・・・お前・・・) (・・・犬に噛まれたと・・・思ってください)  晴臣は黎の首筋に唇を這わせた。キスしながら、黒いパンツのファスナーにも手をかけ、力任せに下着ごと引き下ろした。ざわめきは大きくなり、発情したDom達の下品な息遣いが広間中に広がる。  黎の身体から全ての服を取り払い、背中に馨の視線を感じながら晴臣は次のコマンドを口にした。 「Presant」  従わざるを得ない状況とはいえ、黎は瞳の奥で逡巡した。しかし望未を信じ込ませるには、拒絶するわけにはいかなかった。  黎は瞼を閉じ、両足をゆっくりと左右に開いた。  晴臣は黎の膝を力強く掴み、躊躇なくその奥に顔を埋めた。熱い舌の感触に黎の膝がわななく。 「・・・っあ・・・ぁ・・・」  唇の柔らかさ、口内の粘膜の熱さに翻弄され、黎の口からは勝手に息が漏れ、声が溢れ出る。ギャラリーの異様な盛り上がりも手伝って、背筋がぞくぞくと泡立つ。  Subとしてではなく身体を明け渡すこと、それも大勢の目に晒されながら行われるなど、狂気の沙汰。晴臣は黎と馨とのことを知りながら、この状況を突破するためにこの方法を選んだ。  しかし黎は、晴臣に身体を開きながら、彼の心のずっと奥深くに隠された本心に気づいていた。 「ん・・・ふっぁ・・・あぅ・・・っ」  晴臣は勃ち上がりつつある黎自身を口で愛撫しながら、そっと後ろに指を這わせた。周辺をやさしくなぞり、舌の動きと合わせて優しくくつろげてゆく。同時に解されていく感覚に、黎の身体は快感を覚え、演技ではなくなっていた。  もしこの状況でなかったのなら、それは強いられたことではなく、合意の上で身体を重ねているように見えただろう。  しかしそれは、見破られることになった。 「晴臣」  望未の鋭い声が飛んだ。晴臣は動きを止めた。 「そんな丁寧な準備なんかいらない。僕が見たいのはそんなものじゃない。お前がその男を支配するのが見たいんだ」 「・・・・・・」 「くわえさせろ」 「!!」 「出来ないのか」  晴臣は黎を見ずに、いいえ、と答えた。自分が黎を愛撫することは出来ても、黎にそれをさせることにはひどく抵抗があった。かつての上司、そして誰よりも尊敬し大事に思う相手に奉仕させることになる。そして今も、馨の刺すような視線を浴び続けている。  黎は上気した顔で晴臣を見上げていた。「支配されている」黎の立場では、言葉を発することさえ出来ない。  立ち上がり、汗で濡れたワイシャツを脱ぎ、スラックスのベルトを緩める。晴臣は、意を決して黎にコマンドをかけた。 「・・・・・・Lick」  背後で、望未の残忍な笑い声が聞こえた。
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