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「黎さん!!」
瓦礫の中、馨は晴臣に抱き抱えられた黎に駆け寄った。そして晴臣とは目を合わさず黎の身体を奪い取ると、自分の膝の上に寝かせた。
「しっかり!俺がわかりますか?!」
「か・・・おる・・・」
「あなたを守ると誓ったのに・・・っ・・・俺は・・・」
広間の崩壊のショックによって、Subに傾いていた黎の感覚は何故かDomに戻っていた。身体はぐったりとしているが、正気に戻った目で黎は馨を見上げていた。
「大丈夫だ・・・それよりあいつは・・・」
黎は目だけを動かして望未の姿を探した。馨の背後から、落ち着き払った晴臣の声が聞こえた。
「逃げ出しました。弓衣さんの姿もありません」
馨は振り返り、晴臣と視線と交差させた。悪びれないその表情に、馨の顔はみるみる怒りに歪んだ。晴臣の間近に立つと、馨はこれ以上ない低い声で言った。
「あんたは・・・何を考えてるっ・・・?!」
「・・・殴れ」
「殴るくらいで収まると思うか」
「じゃあ殺せ。言ったはずだ」
馨は間髪入れず、その首を締めた。ほとんど体格は変わらないが、その腕力は馨の方が上だった。怒りのあまり、馨の体中からグレアが漏れ出している。
「やめろ!」
黎の鋭い声が飛んだ。しかし馨は離そうとしなかった。
「真北はお前を怒らせてグレアを使わせたかっただけだ。解らないのか」
「・・・っ・・・」
「本当に真北を殺すのか?」
「・・・っくそっ・・・」
乱暴に晴臣を押しのけると、馨は溢れ出るグレアをあたりに散乱した瓦礫に向かって放射した。むせ込んだ晴臣は手の甲で口元を拭いながら、細かく砕けて塵になった瓦礫を見ながら言った。
「・・・もう通常通りにグレアが使えるようだな」
「・・・・・・」
「蓮見さんのためにそれを使え」
「・・・言われなくてもそのつもりだ」
「結構」
晴臣は床に落ちたジャケットを拾い上げ、丹念に塵を払うと黎の肩にかけた。開けたままだったワイシャツのボタンを適当に止める。馨は黎に手を貸し、立ち上がらせた。
黎は言った。
「真北、あいつはどこに?」
「まだ無傷なのは西棟でしょう。弓衣さんもおそらく連れて行かれたと・・・」
その時、馨があることに気づいた。
「灯馬!灯馬もそこに?!」
「おそらく同じ場所にいるだろう。盾にするならもう、彼と弓衣さんしかいない」
「盾だと?!」
再び馨が晴臣をにらみつけた。晴臣は淡々と答える。
「やりそうなことを言ったまでだ。俺の考えじゃない」
「・・・・・・」
「二人ともやめろ。行くぞ」
黎が着ていたブルゾンは塵と精液で汚れていたので、捨てていくことにした。馨は警備員の制服の下に着ていたTシャツを脱いで黎に渡した。その上に晴臣のジャケットを羽織る黎を見る馨の心中は複雑だった。
おそらく真北晴臣は、心の底で黎を愛している。そしてそれを黎も知っている。
だから何が起こるわけでもない、そうわかっていても、あの光景が瞼の裏にこびりついて離れなかった。ランドオブライトにいた頃、服装の乱れた晴臣が「盟主」の部屋から出てきたのを見た、という話を聞いたことがあった。不安のあまり、思い出さなくてもいいことまでが次々と頭に過ぎる。
「・・・馨」
何を勘づいたのか、黎は歩きながら馨を呼んだ。
「・・・・・・」
それでも返事すら出来ない馨に、黎は先を歩く晴臣の背中を見ながらこう続けた。
「・・・・・・真北はずっと、俺に謝っていた。それでも続けろと言ったのは俺だ」
「・・・・・・」
「断っていたら、俺もお前も射殺されてた」
「わかってます」
「・・・あいつは俺とお前がパートナーなのを知っていて、あの役を引き受けた。お前に憎まれることを承知でだ」
「・・・それもわかっています。でも」
「・・・・・・」
「あなたは平気なんですか」
「・・・何と答えて欲しいんだ?」
「それは・・・」
馨は足を止めた。黎、そして晴臣も立ち止まり、振り向いた。
歩き出さない馨の様子に、晴臣が言った。
「蓮見さん、私は席を外します」
「・・・すまない、すぐ行く」
崩れた広間から続く長い長い廊下で、晴臣は十メートルほど離れた場所で二人を待っていた。
「馨」
「・・・子供じみていると自分でもわかってます」
「これが」
「・・・え?」
黎は襟元から、チェーンネックレスを引き出した。塵にまみれて輝きがくすんでいるのを、指先で拭う。
「これが俺を守る、これがあれば俺は傷つかない、と真北は言った。それだけお前が俺を大事に想ってくれていることを・・・知っていた」
「真北さんが?」
「そうだ」
視界の端に見える晴臣の背中は、危険に備えてあたりを警戒している。それは馨がランドオブライトの上司として彼と出会った時と同じ、彼らしい冷静な姿だった。
「・・・俺が、お前を待っていなかったと思うのか」
「黎さん・・・」
「俺はどんなことがあってももう一度お前と会う、と決めてた。お前は・・・違うのか」
「違いません!」
馨は黎の身体を強く抱き寄せた。黎は抗わず、馨の腕にすとんと収まった。
「あなたに会えるまで、生きた心地がしなかった・・・」
「俺もだ。こんなことを考えたのは・・・生まれて初めてなんだ」
黎は選手宣誓でもするように大まじめに答えた。これが彼のの精一杯の愛情表現であることが伝わり、馨は抱きしめる腕にさらに力を込めた。
「馨、行くぞ。かたをつける」
「はい」
腕を緩めた馨は、唇が軽く触れるだけのキスをした。微笑みこそしないが、黎の表情がほんの少しだけ和らいだのを馨は見逃さなかった。
二人が歩き出したのを確認して、晴臣は行った。
「西棟から銃声が聞こえました。急ぎましょう」
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