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 その空間は地獄絵図と言っても良かった。望未の手には銃、空いた手で弓衣の髪の毛を握っている。髪を掴まれた弓衣は泣きながら、言葉にならない言葉を叫んでいた。  望未の周りには負傷した男たちが何人も倒れている。望未を止めようとして撃たれたと見られる。海が望める壁一面の窓は、銃弾で出来た蜘蛛の巣状のひびがはいっていた。一人だけ、望未の側近と思われるスーツを着た男が、馨たちに向かって銃口を向けてこっちを見ていた。  倒れた椅子や割れたガラステーブルなどをバリケードのように自分の周りに並べた望未は、常軌を逸した表情をしていた。 「前嶋!」  馨が叫んだ途端、望未は銃を弓衣に突きつけた。 「やっと来たか」  銃口を突きつけられた弓衣は、ひい、と裏返った声を出した。晴臣が叫んだ。 「望未さん!弓衣さんを話しなさい!」 「僕に命令するな!」  望未は銃口を弓衣から晴臣に向けた。その後ろで黎と馨は固まった。 「晴臣、こっちに来てよ。そうすればこの女を撃たない」 「真北!だめだ、行くな!」  叫んだ黎を、望未が禍々しい瞳で睨みつけた。 「おや、お姫様、お目覚めですか?ふたりの男に守られていい御身分ですね」 「・・・何とでも言え。どうやったってお前は警察に引き渡す」 「僕を捕まえたって何も変わらない。僕がいなくてもことが進むシステムが確立してるんだ」  話している間にも、銃口は晴臣を狙っている。馨と黎はじりじりと距離をつめながら、周りの様子を伺った。  望未側には人質の弓衣と、銃を持った側近の男がいる。その男の銃口は黎に向いていた。グレアが使えるようになったとは言え、飛び道具を持った男が二人。望未は若いながらも銃の扱いに慣れているように見える。   「晴臣。早く」 「・・・・・・」  強い口調で望未は促した。晴臣は黙って一歩前に出た。 (真北!)  黎は声を出さず、直接晴臣に語りかけた。 (私は大丈夫です) (馬鹿なことは考えるなよ) (もちろんです)  晴臣は両手を挙げて。望未の正面まで進んだ。ゆっくりと銃を降ろし、望未は握っていた弓衣の髪を離した。そうして空いた手で晴臣の顔を撫でたかと思うと、華奢な手からは想像できない力で、思い切り銃で晴臣の頬を殴った。ふらついた隙にもう一度、そしてもう一度と望未は繰り返した。 「真北!」 「真北さん!」  晴臣の口は中で切れ、ぼたぼたと血が滴り落ちた。黎の横で馨の怒りのグレアが漏れ出す。 「兄弟で僕を裏切るなんて・・・最低だね、晴臣」 「兄が・・・あなたに何をしたんですか」 「・・・ほら、そっくりだ。その目」  改めて望未は晴臣の喉元に銃口をつきつけた。緊張が走る。動こうとした馨を黎は手で制したが、耐えられず馨は叫んだ。 「前嶋!もうこれ以上罪を重ねるな!どれだけの人間が死んだと思ってるんだ?!」 望未は冷めた目で馨を凝視した。そして、ふっと頬を緩めた。 「・・・本当はあんたのそのグレアが欲しかった。強すぎて、自分でもコントロールしきれないみたいだし、僕なら中和してあげられたんだけど・・・そのお姫様に邪魔された」 「お前のために協力する人間などいない!もう諦めて罪を認め・・・」 「うるさい!」  望未は晴臣の喉から銃口を外すと、天井に向かって一発発砲した。轟音に黎も馨も固まった。天井が崩れ、ぱらぱらと瓦礫が落ちてくる。望未の足下で弓衣が悲鳴混じりに泣いていた。 「うるさいんだよ・・・薄っぺらい正義を振りかざす人間が、僕は一番嫌いなんだ。どいつもこいつも、自分が一番正しいって言い張る・・・・・・ああもう、面倒くさいなあ」  苛ついた様子で銃口を再び晴臣に向けた望未は、ぞんざいな口調で言い放った。 「もう、飽きた。」  引き金を引く手に力が入ったのを見た黎が走り出した。馨はグレアで望未本人を吹き飛ばそうとしたが、それは間に合わなかった。 しかし。 「伏せろ!!」  背後から聞こえた声は、その場にいなかった男のものだった。
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