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その後一週間で、(かおる)は盟主の側近にあたる「近衛」と呼ばれる位置に抜擢された。 「近衛」筆頭の真北(まきた)は自室に馨を呼び出した。真北の仕事部屋は、盟主のいる講堂のすぐ側に位置する。 「盟主はいつも、この施設内のグレアをコントロールされている。二十四時間休むことなく調整されているので、二日に一回、三時間だけ肩代わりするDomが必要なんだ」 「肩代わり?」 「その三時間だけ、側近がコントロールを請け負う」 「そ・・・そんなことを俺が・・・?」 「そのための顔合わせだ。盟主の許可がすぐに降りるのは珍しい。頑張ってくれ」 「で、ですが、どうやれば・・・」 「それをこれから見せる」 真北は立ち上がるとデスクの裏側に回り込んだ。 椅子の真裏に掛けてある絵画を軽くずらすと、小さな窓がついた扉がある。 この施設にはこういった隠し扉が多い。 これが検挙の時の決め手になる。馨は今まで見てきた隠し部屋を頭に叩き込んであった。 「見ろ」 真北に呼ばれて窓を覗きこむと、そこから見えたのは。あの盟主が座っていた「御簾」の裏側だった。 蓮見(はすみ)がいた。 初めて会ったときと同じ着物姿、ウィッグをつけている。胡座をかいて座っている後ろ姿だけを見れば、潜入捜査員だとは思えない。 まさに盟主そのもの。 「盟主は日中、ここでフルパワーで放出されている。夜は自室だが・・・どちらにしても大変なことにはかわらない。・・・・・・・わかるか?」 「え?」 「汗」 真北に言われてよく目を凝らすと、蓮見がびっしょり汗をかいていることがわかった。 「盟主のお力を持ってしても、相当な労力を要する。だからたった三時間でも、我らがお手伝いさせていただくのは、盟主のお体のため、ひいてはこの施設(くに)全体のためだ」 「・・・わかりました」 真北はうなづくと、その扉を開けた。馨は緊張しながら彼について講堂の中に入った。 座っている蓮見に近づくと、真北は小さな声でなにかつぶやき、蓮見の肩に触れた。 「あっ」 馨はうっかり声をあげた。肩に触れられた蓮見はぐらりと上半身を傾け、真北の腕の中に倒れた。 駆け寄ろうとした馨を、真北の鋭いグレアが制した。 初めて真北の放つグレアを浴びた瞬間だった。 真北は気を失った蓮見を抱き留めたまま、体中からグレアを放出し始めた。 すると、今まで空間に充満していた蓮見のグレアが弱まり、みるみるうちに真北のグレアがそれに代わって満ちあふれだしたのだ。 完全に入れ替わった頃合いで、真北は顔だけ振り返り、あんぐりと口を開けていた馨に向かって言った。 「・・・こういうことだ。簡単だろう?あとは、盟主の代わりにこの中で三時間、グレアを放出させればいい」 「しかし、コントロールはどうやっているのですか」 「高月くんのグレアなら、ただ放つだけでいいと盟主が言っていた。強いグレアはそのまま、ほかの者を制御する力を持つ」 「・・・制御・・・」 「私の肩に触れ、「Change」とつぶやけばいい。やってみろ」 馨は言われるまま、おそるおそる真北の肩に触れた。 手のひらを通して、真北のグレアを感じた。肌がびりびりと痺れる。 そして「Change」とつぶやくと、流れ込んできていた真北のグレアが弱まり始めた。 「そうだ・・・それでいい」 真北はかすれた声で答えた。蓮見はまだ意識を失ったまま、真北も極端に顔色が悪い。 「あの・・・大丈夫ですか」 「グレアの交代はエネルギーを使うんだ・・・私は盟主を寝室に運ぶから、君は続けるんだ」 「は・・・はい」 真北はそう体格の違わない蓮見を軽々と抱き上げた。 長い髪が腕の隙間からはらりと落ち、青白い額が露わになった。眉間に深い皺が刻み込まれていて、どれほどの負担がかかっているのかと不安になる。 そしてなによりも、潜入捜査をしながらのこのグレア放出は、体力も気力も半端な覚悟ではやっていられない。 馨は真北に運ばれていく蓮見を見送って、盟主の座る「御簾」の中に入った。
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