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「伏せろ!!」  その声に、その場にいたほとんどの人間が条件反射で体勢を低くした。発煙筒らしきものが投げ込まれ、あたりは真っ白になり、せき込む声が聞こえる。何も見えない中で、馨は無我夢中で黎の姿を探した。 「大丈夫か」  煙の中で聞こえた声には、黎も馨も覚えがあった。やっと視界が開け、すぐ側に立っていた男は関雅彦だった。手にはもう一本の発煙筒と、銃を持っている。 「関さん!」  馨は叫んだが、黎は驚いて目を見開いた。どうして、と視線だけで問われた関は、黎にこう説明した。 「正義の味方は最後に登場するもんだ」 「何言ってるんです、どうして関さんが・・・」  慌てて説明しようとした馨を制して、関は顎で窓側を指し示した。 「くっちゃべってる場合じゃなさそうだ」  馨、そして黎が見たものは。    半分ほど割れた窓のすぐ近くに、依然として晴臣に銃を突きつける望未がいた。地上十階、下には海。あと数歩下がれば二人とも転落する。 「前嶋!よせ!窓から離れろ!」  黎が叫んだ。望未は関がそこに立っていることに、小首を傾げた。 「・・・・・・誰、あんた」  関は場に似合わない不敵な笑みを浮かべ、何も言わずに銃口を向けた。場が凍りつく。 「あんたもお姫様のナイトか?いったい何人いるんだか」  関の指が引き金に掛かるのを、すかさず馨が止めに入る。 「関さん!だめだ、撃つな!」  関の構えた銃は微動だにしない。ここで望未を殺させては、罪を償わせることが出来ない。馨は銃を持った関の腕を掴んだ。 「・・・この銃に弾は?」 「残念だがフル充填だ」 「思いとどまってください。殺してしまってはどうにもなりません!」 「このままじゃ真北も死ぬぞ」  二人の会話を耳にした黎が呟く。 「真北を・・・知ってる?」  黎は晴臣を見た。晴臣は何も言わない。が、微妙な表情の変化で、彼ら二人の間に黎が知らない事情があるのが解った。   黎の視線に気づいた望未は、銃口をさらに強く喉に食い込ませ、一歩後ずさった。窓から海風が勢いよく流れ込み、望未と晴臣の髪を乱雑に揺らす。   「やめて!」  関は声がする方に視線を動かした。弓衣をみとめるとわずかに瞳孔が開いたが、すぐに望未に向き直った。弓衣は壁に手をついて、必死に立っていた。しかしその足はがたがたと震えている。 「お願い、もう誰も殺さないで!もううんざりよ!」   「黙ればばあ!」  ヒステリックに望未が怒鳴りつけると、弓衣は両手で耳を押さえた。そしてその場にぺたんと座り込んでしまった。二つの銃口は変わらずそれぞれの「的」を狙い続けている。  「想定していなかった」とでもいうような動揺を見せた関。ここに弓衣がいるとは思わなかったのだろう。彼女が「関弓衣」であることは、馨だけが聞いて知っている。  弓衣に中断された望未は、急激に不機嫌になり、吐き捨てるように言った。 「お前が先に()け」  晴臣を狙っていた銃口が、弓衣に向いた。黎が足を動かしたのと、関の銃が鳴いたのとはほとんど同時だった。  弾は、寸分の狂いなく望未の銃だけを弾き飛ばした。飛ばされた銃は割れかけていた窓をさらに大きく破り、ガラス片は粉々になって海へと落ちて行った。今やそこは窓ではなく、海への飛び込み台のように(ひら)けてしまっていた。黎は弓衣を守り、馨は関の前に立ちはだかった。 「もうやめろ!やめてください!」 「どけ、タカツキ。今度はミスらねえぞ」  望未の銃を飛ばしたのはミスなんかじゃない、と馨は気づいていた。この男はやろうと思えば正確に望未の心臓を狙えるのだ。  望未は衝撃で痛めた手を押さえていた。銃は手の届かない場所にあり、取りに行こうとはしなかった。 「このガキは今しとめなきゃ、まだまだ人を殺す」 「あなたがやろうとしていることも変わらない!元警察官でしょう!」 「だから辞めたんだよ。警察官じゃ、こんなこと許されねえからな」   「奥さんの前で、人を殺す気ですか?!」   馨の言葉に、黎も、晴臣も、望未までもが静止した。弓衣だけが、さめざめと泣いている。 「タカツキ!」  関が叫んだのと、黎がかおる、と呼んだ声が重なった。振り返ると、望未が割れた窓ガラスの破片で自分の喉を切りつけようとしていた。やめろ、と叫んだ晴臣が手を伸ばした。鋭い破片は、振り払おうとした望未の手によって晴臣の首元を切り裂いた。 「あ・・・っ・・・」 「真北!」 「真北さん!」  押さえた指の隙間からぼたぼたと滴り落ちる血は、望未の手をも濡らした。 「はる・・・おみ・・・?」  望未が震えていた。今までどんな残虐なことをしても顔色ひとつ変えなかった男が、首を押さえてうずくまる晴臣にすがりついて、はるおみ、はるおみ、と何度も名前を呼ぶ。  それを見ていた関が、音もなく銃口を望未に向けた。 「やめろ!」  鋭い声とともに、同じく刃のように鋭いグレアが関の銃を飛ばした。  それは、黎のグレアだった。
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