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 黎が発したグレアは、関の手から銃を弾いた。丸腰になった関は、おお痛て、と手首上下に振った。 「相変わらずコントロールがいいな、黎」  手を押さえてにやりと笑った関に、黎は怒りを込めた声で言った。 「見てください」  黎が指したのは、晴臣を膝に抱える望未だった。半狂乱ではるおみ、はるおみと繰り返し続けている。 「あんたは・・・こんな状態の前嶋を殺す気ですか?こいつはもう殺意なんかとっくに喪失してる。見ればわかるでしょう」 関は望未を一瞥し、さあ、どうかな、と言った。 「真北が死んでしまう。あんた、真北と繋がってたんだろ?見殺しにするのは許さない。・・・それに、」  黎は振り返り弓衣を見た。彼女は両手で耳を塞いだまま、うずくまって動かない。 「弓衣さんとの関係も初耳だ。もうあんたのことは信じられない」 「・・・・・・」 「真北の手当をする」 「俺はこのチャンスを逃すつもりはねえ」  なんと関は、作業服の胸元から、もう一丁の拳銃を取り出した。そしてそれを持った腕を望未に向かってまっすぐ伸ばした。黎の身体から、怒りのグレアが溢れ出す。しかし、関は肩をすくめて言った。 「忘れたのか、俺はダイナミクスじゃねえ。お前のグレアは効かねえぞ」  知ってる、と黎が答えるのと同時に、関の背後で金属音がした。 「・・・タカツキ」  弾き飛んだ銃は馨の手にあった。背中に突きつけられた関は、おあいこか、と呟いた。 「俺を撃つか?」 「・・・あなた次第だ」 「銃刀法違反はどうした?」 「殺人を犯そうとする人間を止める方が重要です」 「・・・で、殺人鬼を助けるわけだな」 「罪を償わせます」  ははは、と関は乾いた声で笑った。 「こいつは化物(エイリアン)だぞ。今は泣いているが、真北が死んでしばらくすれば、けろっとしてまた殺戮を繰り返す」  黎は素早く関に歩み寄ると、銃にもひるまずその顔を思い切り殴った。 「関さん、あんたどうかしてる!!化物はあんたの方だ!誰も死なせない!真北も、前嶋もだ!」  関は血の混じった唾液を床に吐き出すと、冷酷な目で黎を見返した。 「・・・・・・俺の役目は、おまえらダイナミクスを止めることだ。そのためには利用出来るものは何だって利用する。黎、タカツキ・・・お前らも、真北もだ」 「世の中のダイナミクス全てが悪いわけじゃない。だからこそ使い方を間違っている前嶋を生きて警察の手に渡す」 「その警察は信用に足るものか?あいつらは役に立つ人間を使い捨てのコマのように扱う組織だぞ。俺もお前らも、真北の兄貴だってその被害者だろうが」  苦しみながら、晴臣は兄の話題に顔を上げた。望未が傷を必死で押さえるが、流れ出す血の勢いは止まらない。晴臣の命が尽きようとしているのを、黎も馨も気づいていた。 「真北・・・苦しそうだな」  関が気の毒そうに言った。そのわざとらしく歪めた表情に、晴臣は眉をひそめた。 「心配するな。もうすぐだ」  つい数分前まで、望未はこの場所の「王」として立っていた。しかし今、望未にとって大切な晴臣に命の危険が及び、彼はその役目をいとも容易く放棄した。そしてその役目が関にすり変わっていた。  望未の晴臣に対する感情は依存か信頼、もしくは恋愛感情なのか。つい今し方まで銃を突きつけていたのは虚勢で、本当は晴臣を傷つけたくはなかったのだ。晴臣を呼ぶ望未は、ただの年若い青年に戻っていた。   晴臣は関の「もうすぐ」という言葉に、必死に声を絞り出した。 「どういう・・・ことだ・・・あんたは・・・」  晴臣は望未に支えられながら、関の顔を見た。芝居がかった様子で、関は続ける。 「今も兄さんを捜してるんだろ?良かったな、もうすぐ会えるぞ」  関の口の端が片方だけ吊り上がった。それを見た黎は、血の気が引くのを感じながら、沸き上がってきた恐ろしい直感に従ってこう尋ねた。 「関さん・・・あんたまさか・・・真北の兄さんを・・・?」  馨が弾かれたように黎を見た。関は二人の視線を無表情に受け止め、無言で再び肩をすくめた。   「あんたが・・・殺したのか・・・?!」  もう一度黎は繰り返した。すると、関はひどく場違いな暖かい微笑みを浮かべ、今度こそ望未の心臓を打ち抜こうと銃口を向けた。引き金が引かれる直前、馨はその腕を力づくでねじり上げ、関は痛みに唸り声をあげた。銃弾は天井に向かって放たれた。 「黎さん!今だ!!」  黎は真北に駆け寄ろうとした。しかし、負傷した晴臣の前に、泣いていたはずの望未が立ちはだかり、それを阻んだ。 「寄るな・・・晴臣に寄るな!」 「どけ!手当をさせろ!」 「嫌だ!晴臣は渡さない!もう・・・嫌だ、ひとりは嫌だ!」 「どくんだ!真北を殺す気か!」 「うるさい!」  望未はヒステリックに叫ぶと、足下に散らばったガラスの破片の中から、ひときわ大きく鋭いものを手に取り、黎に向けた。 「聡介の二の舞は踏まない!」 「やめろ!」  黎はグレアで自分自身を包み込んだ。望未も応戦すべく、体中から禍々しいグレアを滲ませる。  馨は関を押さえ込みながら、二人のグレアが真っ向から衝突する様を見ていた。  それは不思議な光景だった。本来Domの発するグレアは、Subを支配するため、もしくはDom同士の牽制のために利用することが多く、それに色などはない。しかし黎のグレアは青白く、望未のグレアは濁っていて黒に近いグレー。はっきりと纏う色が違うのに、パワーはほとんど同等、そして馨には彼らの発するものが何故か似通って見えた。 「タカツキ・・・見ろ。あれがエイリアンの正体だ」  馨の下でうつ伏せに抑え込まれた関は、ぶつかり合うグレアを見ながら言った。 「な・・・っ?」 「お前や真北にはないエイリアンのグレアだけに見える色だ。それも、エイリアン同士で対峙しなきゃ見えない・・・・これは珍しい光景だぞ」  確かに馨や真北のグレアに色はない。そして、黎と望未のパワーが拮抗していることも馨には驚きだった。なぜなら望未はそのグレアでランドオブライトを二度にわたって壊滅に追いこんでいる。黎のグレアは強いが、望未の持つ不穏なグレアとは全く種類の違うものだと思っていたからだ。 「似てる・・・?」  無意識に馨は呟いていた。すると関が、鼻で笑った。 「そりゃあ似るさ。・・・・・・だからな」 「え・・・?」  馨が一瞬力を緩めた瞬間だった。関は馨の身体を押しのけ、一度は奪われた銃を取り返した。そしてうつぶせの姿勢で関は望未を狙って撃った。    銃弾はまっすぐ望未の心臓を貫くと思われた。  しかし。
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