31

1/1
前へ
/97ページ
次へ

31

 関の放った銃弾は確かに望未の心臓を貫くはずだった。しかし、それは肩をかすり、望未は仰向けに倒れた。 「外したか」  関の舌打ちで馨は我に返った。銃声によって拮抗していたグレアは収まり、望未は肩を押さえてうなり声をあげていた。 「真北・・・?」  黎は望未が命拾いした理由に驚愕した。瀕死のはずの晴臣が腕を伸ばし、望未の足を掴んだのだ。それに驚いて身体を捻ったことで、心臓を打ち抜かれるのを免れた。何故なのか、それは黎にもわからなかった。  関はもう一度馨に取り押さえられている。 「前嶋!」 「よ・・・るな・・・」 「そんな場合か!」 「ぼくは・・・晴臣と・・・行く・・・っ・・・」  望未は片手で撃たれた肩を庇いつつ地面を這い、晴臣に近づいた。そしてなけなしの力で自分と晴臣の身体の周りにグレアを張り巡らせた。それがあるかぎり、黎は近づくことが出来ない。 「前嶋!何をする気だ!」 「・・・どうして・・・お前は愛される・・・?」 「なんだって・・・?」 「エイリアンのくせに・・・どうして・・・」  晴臣に寄り添いながら、望未は黎をきつい目で睨みつけた。しかしその瞳からは涙が流れていた。 「晴臣は渡さない・・・・・・聡介だけでなく、晴臣までお前に・・・っ・・・」 「・・・なにを・・・言ってるんだ?」 「お前だけは・・・お前だけには許さない!」  叫んだ望未のグレアが、急激に威力を増した。黎も、馨も関も、その強さにまったく太刀打ち出来なかった。望未の髪は逆立ち、傍らで苦しげに横たわる晴臣はうつろな目で自分の周りを包むグレアを見上げていた。  ビシビシという音を立てて、床に大きなひびが入った。半分ほど残った窓ガラスにも亀裂が走り、破片となって海に落ちてゆく。黎たちが立っている場所もぐらぐらと揺れ、まもなく崩れてしまいそうな勢いだった。 (蓮見さん)  海風が吹き込み、望未のグレアと相まって黎を襲う中、直接頭に響いてきたのは晴臣の声だった。 (真北!) (あなたに感謝を伝えたかった・・・でも・・・もう崩れます) (諦めるな!俺と一緒にここを出る約束だ!) (高坏に・・・謝っておいてください・・・私はあなたに・・・) (真北!) (私はこの・・・可哀想な人間を・・・連れていきます・・・) (行くな!真北、行くな!)  黎は泣いていた。晴臣は望未もろとも逝こうとしている。望未と晴臣の足場はすでに崩れはじめ、もう助けることは不可能だった。ふらつく黎を駆け寄って来た馨が支えた。 「馨っ・・・真北が・・・っ!」  しっかりと黎を抱き抱えた腕に力を込めて、馨は唇を噛みしめた。   二人の目の前で、前島望未のプライベートルームはその半分の面積が崩れた。望未は晴臣に寄り添い、スローモーションで海へと落ちていった。    主人を失い半分の面積が海に落ちた部屋。立ち尽くし言葉も発せない黎と馨をよそに、関は海をのぞき込み、淡々と言った。 「予定通りとは行かなかったが、まあ、いいだろう」 「貴様・・・っ!」  馨は関の腕を掴み振り向かせると、その野太い首をぎりぎりと締め上げた。 「お前のせいで・・・っこんなはずじゃ・・・こんなはずじゃなかった!死なせるはずじゃなかった・・っ・・・」 「馨!」  黎が馨を制した。しかし馨は締めるのをやめず、関の顔色はどんどん白くなってゆく。 「そいつを離せ」 「嫌ですっ・・・!」 「離せ!!」  厳しく言い放たれ、馨は般若の形相で仕方なくその手を離した。が、膝から崩れ落ちた関の腹を思い切り蹴り上げた。 「ぐっ・・・」  激しくせき込む関にゆっくりと歩み寄ると、黎はその顔の近くでしゃがみ込んだ。髪の毛を掴み乱暴に上向かせると、刺すような視線を浴びせながら言った。 「あんたは何者なんだ?真北も、真北の兄も、弓衣さんも今回のことはすべてあんたに繋がってる」 「・・・・・・」 「前嶋は最後に・・・真北も、真北の兄も俺が、と言い掛けた。それも知ってるのか」 「黎さん!」  馨が会話を遮った。しかし青い顔をした馨は、自分の口を覆い、独り言を呟いた。 「馨?」 「さっき・・・おかしなことを言ってました・・・前嶋と黎さんが・・・」  「・・・前嶋と俺がどうした」  会話を聞いていた関は、片方の口の端だけをつり上げた。それは、真北の兄を殺したのか、と聞いた時と同じだった。 「黎さんと・・・前嶋望未が・・・」  馨が口に出せずくぐもった言葉は、関が続けた。 「異父兄弟だ」  馨の目に映る黎は、意外にも冷静だった。関の言葉をまったく信じていないようだった。 「この期に及んで何を言い出すつもりだ」  冷たく言い放った黎に、関はわざとらしくため息をついた。部屋の隅でうずくまったままの弓衣を一瞥し、視線を戻すとこう言った。 「確かに俺の言葉は嘘だらけだが・・・これだけは本当だ。弓衣はお前の母親だ」 「馬鹿なことを。とうとうおかしくなったのか」 「信じられないのも無理はない。お前に両親の記憶は無いからな」 「確かに俺が覚えているのは育ての親の記憶だけだ。だからって弓衣さんが俺の母親なんて、そんなおかしな話があるはずが・・」  馨と黎は一度顔を見合わせ、打ち合わせたわけでもないのに同時に弓衣を見た。  関の元妻で、今は亡き前嶋裕の妻。しかし望未は前嶋裕との子供ではない。弓衣は、産んだ子供たちの中で、ひとり、生きていると言った。  馨は、背中にひとすじ冷たい汗が流れた。その傍らで、首を横に振りながら黎ははっきりと否定した。 「馬鹿馬鹿しい。その話が本当なら弓衣さんは俺を知っているはずだ。彼女はそんな素振りはなかった」 「お前のことは、手放したことが苦しすぎて記憶を封印している。普段は思い出せないが・・・何かのきっかけで思い出すこともあるらしい」 「手放した・・・・・・?」  晴臣を切りつけた弓衣は、黎に「あんた、名前は?」と尋ねた。あれは思い出しかけていたのか。息子ではないか、とどこかで感づいていたのだろうか。  依然として信じられない、といった態度を崩さない黎の隣で、馨は無意識に口が動いていた。 「異父・・・って・・・黎さんの父親は・・・まさか・・・」  馨の問いに関は答えなかった。その代わりに、温かい微笑みを浮かべ、小さくうなづいて見せた。  海風が音を立てて部屋の中を闊歩する。つい数分前にそのぽっかりと口をあけた窓から、人が二人落ちていったなど信じられないほどの爽やかな風。  状況に不似合いな冷静さで、黎は尋ねた。  「あんたが俺の父親だっていうのか」 「・・・・・・そういうことだ」  黎は両手の拳を強く強く握っていた。身じろぎもしない、言葉も発さない、しかし馨には黎が複雑な思いで混乱しているのが手に取るように解った。  ランドオブライトは崩壊した。潜入捜査官の任は解かれ、丸腰でアジトに乗り込んだが、捕らえて警察に渡すはずだった前嶋望未は晴臣と一緒に海に沈んだ。それも協力者だと思っていた警察時代の先輩である関が、そのきっかけを作った。  そしてその男が、父親であると名乗り出た。 「あんた・・・・・・何の目的で俺に近づいた?」    黎は抑揚のない口調で尋ねた。その横顔から感情を読みとることは困難だった。馨はただ側で見守ることしか出来なかった。 「・・・お前を守るためだ」
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加