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「・・・お前を守るためだ」  三人の男の間で、重い静寂が流れた。見守るしか術のない馨には、とてつもなく長い時間に感じた。   「・・・守る?」 「そうだ。お前の命を守る。それが俺の目的だった」 「それがどうして前嶋望未を殺すことになる?」 「あいつは自分以外の血縁者を全て抹殺するつもりだった。本来もっと早く始末する予定だったらしいが、真北の弟に会ったことで、気が変わったようだ」  黎の他にも望未には兄がいた。歳はかなり離れていたはずだが、実際黎と望未の年齢差もかなりある。  黎が気になったのは、自分のことよりも、晴臣のことだった。 「真北の兄さんは・・・どうした・・・?」 「聡介は潜入の途中で捕らえられた。そのまま始末されるはずが、望未に気に入られた・・・」          ☆  真北聡介は警察関係者だと気づかれ、地下に幽閉された。当時まだ十歳にもなっていなかった望未は、自分の強すぎるグレアをコントロール出来ず、気分に任せて大人たちを振り回していた。聡介が警察関係者だとは知らずに、望未はその新しい「刺激」に夢中になった。  媚びへつらうつまらない大人と違い、聡介は聡介は望未をただの子供として扱った。毎度「おつき」を侍らせて会いに来る不思議な子供は、両手を縛られた聡介を見ると、小首を傾げてこう尋ねた。 (お前の名前は?) (・・・・・・) (名前ないの?) (目上の人間には敬語を使うもんだ) (目上ってなに?)   (そんなことも教えられてないのか。不憫だな) (ふびん?)  自分の存在がルールである環境で育った望未。毎日、聡介に会うために通ってきた子供に、彼は徐々に心を開き始めた。ある日「おつき」を伴わずにひとりでやってきた望未に、あることを聞かれる。 (聡介はどうしてここに来たの?) (どうして・・・?) (大人が話してるのを聞いた。けいさつの人なんでしょ)  当時の望未はまだ、扱いづらい子供、というだけで無害だった。名義的には父である前嶋裕が亡くなったばかりで、組織の実権を握っていたのは、歳の離れた兄だった。  周りの人間たちは、望未が聡介に興味を持ったとしても所詮子供だと思って油断していた。聡介は望未にこう言った。 (・・・明日もひとりでここへ来い。そうしたら俺のことを教えてやるぞ。他にも、お前の知らないことを、たくさん話してやる)  聡介は望未のグレアの強さを見抜き、組織の中から崩壊を試みようと考えた。潜入だと気づかれてしまった聡介には後がなかったのだ。  それから少しずつ、聡介は望未の亡き父や兄が計画しているであろうことを、間違っていることなのだと少しずつ植え付けていった。望未はそのひとつひとつを真剣に聞き、情報として吸収していった。  聡介は望未が自分に懐いていることを利用した。全ての情報を植え付けるまで、このことは誰にも言ってはいけない、二人の秘密だと言い渡し、望未はその通りにした。          ☆ 「俺はその頃ちょうど、聡介とコンタクトを取った。直接の面識は無かったが、向こうは俺の名前を知ってたよ。あまり望未に深入りするな、と言ったがあいつは聞かなくてな・・・」  関が危険だと言っても、聡介は望未と会い続けた。そして転機が訪れたのは、聡介が望未に全てを伝え終わった時だった。 (聡介、ぼくも聞いて欲しいことがあるんだけど) (なんだ?) (ぼく、エイリアンなんだって) (・・・エイリアン?)  この頃の望未はまだ、自分がSwichである自覚がなかった。たまたま側近のひとりが、あのガキは恐ろしいエイリアンだ、と話していたのを聞いてしまったのだ。「エイリアン」の意味もわからず、しかし彼らの言葉の嫌な空気だけはしっかりと感じ取っていた。 (ぼくは人間じゃないの?) (望未・・・・・・)     初めて見た望未の頼りなげな表情に、聡介の心は痛んだ。周りの大人に化物扱いされる子供に、自分の父や兄が間違っていることをしている、と植え付けてしまった。彼はまだ、犯罪に手を染めているわけでもなんでもないのに。その家系に生まれてきた、ただそれだけなのに。  このままでは、誰のことも信用できない人間になってしまう。  聡介は、子供の頃にまだグレアのなんたるかを知らず、友達と喧嘩をし、相手に怪我をさせてしまった弟のことを思い出していた。 (望未・・・・・・いいか、よく聞くんだ)  聡介は、望未を連れて逃亡することを決めた。
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