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「その頃だ。十六になったお前を、施設から逃がしたのは」 「・・・逃がした?」 「弓衣が前嶋裕の妻になってまもなく、お前が産まれた。弓衣は授かった赤ん坊が、実は俺の子だと前嶋裕が死ぬまで明かさなかった。だから十六までお前は、ここで前嶋の息子として育っている」 「・・・ここで・・・?」 「そうだ。だが十六までの記憶は精神科医の力を借りて消した。だから覚えていない」  黎の頭がずきんと痛む。脳が思い出すことを拒んでいるようだ。 「お前が俺と弓衣の子だっていうのは、他に誰も知らなかった。・・・聡介意外には」  関は聡介と協力するようになり、黎の存在を明かした。そして息子をここから出したい、手伝って欲しいと頼んだ。 「俺はお前を、こんな化物の巣窟にいつまでも置いておくつもりはなかった。タイミングを見て普通の世界に出してやりたかった」  化物の巣窟、という言葉に黎は片眉を吊り上げた。関はそれには気づかずに話を続けた。 「聡介はもちろん協力すると言ってくれたが・・・まさか望未を連れて行く計画がその影に隠れていたなんて、俺も知らなかった」  今日ここに来るまでに辿ったように、関は館内で電気系統のトラブルを起こし、聡介とともに黎を施設の外に連れ出す手はずを整えた。  しかし蓋を開けてみると、聡介は望未を連れていた。十六歳と十にも満たない子供を連れて、この山と海に囲まれた施設から脱走するのは不可能に近かった。 「望未を連れて行くのは諦めろと言っても、聡介は聞かなかった。案の定、すぐに追っ手に見つかり、銃撃戦になった」 「その時に・・・殺したのか」  少し間を空けて、質問に答えはせずに関は続けた。 「・・・激しい銃撃戦だった」  夜の山は見通しが悪い。二人の子供を庇いながら関と聡介はなんとか反撃していたが、望未を庇いながら進んでいた聡介の足が止まった。 「聡介は・・・俺たちの目の前で背後から撃たれた。カモフラージュにお前の服を着ていたから、間違われたんだろう」  まるで事故だったかのように関は言った。馨は口を覆い、声が漏れないように堪えた。黎はさらに拳を強く握り締めている。  望未は、初めて自分を人間として尊重してくれた聡介を、黎の命と引き替えに失ったのだ。 「着ていたんじゃない・・・着せていたんじゃないのか、あんたが」 「・・・・・・」 「俺たち警察官は、どんな状況であろうと上官の命令に従うように育てられてる・・・彼はあんたに逆らえなかったんだ!きっと俺だって、上官に言われたら・・・っ・・・」 「・・・残念な事故だった」 「違う!あんたが殺した!」 「お前を守るためだったと言ったろう」 「自分の息子を助けるためなら他人を身代わりにしても構わないのか?!結局今になってあんたは望未も真北も殺しただろう!!それも全部俺のためか?!」 「遅かれ早かれ望未はお前を殺そうとしたはずだ。解っていてみすみす息子を殺させる親はいない」 「やり方が間違ってる!他人を犠牲にしてまで救われた命になんの意味がある?!」  黎は大粒の涙を流した。  自分の命が、たくさんの命の上に成り立っていることが耐えられなかった。父親が違うとは言え、望未は義弟(おとうと)だ。  ランドオブライトで盟主と国民として再会したときから、望未は聡介の恨みを果たすつもりだったのだろう。しかし聡介によく似た晴臣が、黎を守っていた。  望未が最後に残した「どうしてお前は愛される?」という言葉が、彼の人生の全てを物語っていた。そして晴臣は、兄の分まで悲しみを引き受けて、望未と共に海へと落ちていった。 「化物の巣窟と言ったな・・・忘れたのか、俺だってSwichだ!あんたが殺した望未と同じだ!お前は化物を生かしたんだぞ!」  黎の体中からグレアがにじみ出る。再び建物が揺れだし、いたるところに亀裂が入り始めた。 「黎さん!」 「馨・・・・・・悪いな、約束は反古になる・・・俺はどうしてもこの男を許せない」  海風がグレアに巻き込まれて渦を巻く。馨の足がよろけるほどの強風だった。  関が風の中、大声で言った。    「建物ごと潰す気か?!」  黎は答えず、グレアだけがどんどん強まっていく。真北聡介、晴臣、そして望未の命が黎を後押ししていた。 「その必要はないわ」
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