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 黎のすぐ近くで女性の声が聞こえた。風の音で聞き取れないはずが、その声ははっきりと黎の耳に届いた。立ち上がることが出来ず、隅でうずくまっていたはずの弓衣がそこにいた。馨の体格でもまっすぐ歩くのが困難なほどの強風だが、華奢な弓衣はやすやすと関に近づくと、正面から身体ごとぶつかって行った。    彼女の身体の周りにも、黎によく似た白いグレアが見えた。 「弓衣さん!」  馨が叫んだ。関は体当たりしてきた弓衣を受け止めたが、おかしな顔をしていた。 「弓・・・衣・・・?」  関の腹ににじむ血液。  彼女は割れたガラスの破片を持っていた。 「黎・・・大丈夫よ・・・っ・・・この人はあたしが・・・」  関は驚愕の表情で弓衣を見下ろしていた。弓衣は顔だけ振り向くと、黎に向かって微笑んで見せた。そして再び関に向き直ると、強い口調で言った。 「黎は私の息子でもあるのよ・・・っ・・・傷つけないでっ・・・」 「お前・・・どうして・・・っ・・・思い出したのか・・・」 「忘れた振りをしてただけ・・・一度だって忘れたことなんかなかった!黎は大事なあたしの息子よ・・・でも、もうひとつ大事なことを教えてあげる」  ガラスで切れているのは関の腹だけではなく、弓衣の手からも血が流れ出していた。いまや空間を埋め尽くしているのは黎のグレアではなく、弓衣のグレアだった。 「あんたが殺した望未・・・・・・あの子もあたしたちの子よ」 「な・・・?!」  黎も馨も、自分の耳を疑った。しかし最も驚いたのは関だった。 「なにを・・・ばかなっ・・・」 「体外受精で出来た子よ。あんたの精子を取っておいたの。黎を手放して・・・どうしてももう一度あんたの子が・・・欲しかった・・・」 「どうして・・・・・・嘘だ・・・っ」  弓衣も泣いている。彼女は前嶋裕よりも、関を愛していたのかもしれない。しかし全ては手遅れだった。 「残念だけど、あたしも黎も望未もあんたの忌み嫌う化物(エイリアン)よ!そしてあんたも自分の息子を殺した化物よ!」 「う・・・うわあああああっ・・・!」  関は悲鳴とも絶叫とも言えない声を出した。弓衣はガラスを関の腹に押しつけながら、じりじりと崩れた窓の方へと進んでいく。 (黎)  黎の心に直接、語りかける声。それは母の声だった。 (言い出せなくてごめんね・・・あなたは生きて・・・) (か・・・母さん・・・っ・・・) (愛してるわ。愚かなこの人を・・・許してやって・・・) (母さん!!)  弓衣は関の身体ごと、海への入り口に向かって進んでゆく。彼女のグレアは強く、黎も馨も二人に近づくことすら叶わなかった。  そして。  弓衣は関に抱き抱えられるようにして、海へと落ちていった。    それまで建物を揺らしていた弓衣のグレアは止み、代わりに何台ものパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。    
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