最終章

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最終章

 関雅彦と前嶋弓衣の遺体は、折り重なった形で発見された。真北晴臣と前嶋望未の遺体は何故か発見されず、その後も一週間にわたり捜索が続けられたが、見つかることはなかった。  また、施設の裏手の山中では白骨化した遺体が見つかり、検屍の結果それが「真北聡介」であることがわかった。  「光の環」及びランドオブライトを仕切っていた前嶋家の人間はこの件で全員が亡くなったことになる。幹部が継ぐのではないかと危ぶまれたが、ほとんどの人間が逮捕されたことで、対策本部も解散となった。  蓮見黎、高坏馨の二人はそれぞれ入院し、事情聴取を受けた。傷害罪などいくつかの罪に問われる可能性もあったが、潜入捜査員であったことが助けとなり、免れた。何よりも巨大組織を事実上壊滅させたことが、すべてにおいての免罪符となった。 「黎さん」  馨の声に振り向いた黎は、デニムのポケットに手を入れたまま微笑んだ。 「悪いな、買い物を頼んで」 「いいえ。花と・・・ろうそくと、あとこれも」 「なんだ、饅頭?」 「お供えに」 「・・・ありがとう」 「行きましょう」  馨が借りてきた車で二人は墓地に向かっていた。関と弓衣の遺骨は黎が引き取り、同じ墓に埋葬することにした。  よく晴れた日だった。白と黄色の花を活け、墓石を丁寧に洗い、雑草を取り除くと、ろうそくに火を灯した。  黎は膝を折り、しばらくの間手を合わせることもなく、墓石をじっと見つめていた。  黎はこの一件で、両親と弟の存在を知り、そして亡くした。あれ以来泣くこともなく、関や弓衣の話をすることもない。が、「墓参りがしたい」とだけ言った時、馨はこれからもずっとこの人の側にいようと誓った。  黎は警察学校の講師、馨は地方の駐在として働かないか、と誘いを受けたが、どちらも断った。もう犯罪に関わりたくない、と言った黎に、馨も寄り添いたいと思ったからだ。 「俺の名前」 「え?」 「黎、というのは・・・どこからきたのかな」 「いい漢字ですよね。黎明、から取ったんでしょうか」 「黎明か・・・」 「黎さんにとても似合う名前だと思います」 馨の言葉に、黎は眩しそうに目を細めて微笑んだ。 「はじめて母に・・・名前を呼ばれたよ」 「・・・よかったです」 「ああ」   「黎」と心で呼びかけられた。あれは、間違いなく弓衣が自分の母親なのだと実感できた瞬間だった。 「そうだ、馨」 「はい?」 「これを・・・返さないと」  麻のシャツの襟元から引き出したチェーンネックレスは最初の輝きを失い、ずいぶんとくすんでしまっていた。留め金を外し、手のひらに乗せると黎は馨の前に差し出した。 「大事なものをずっと借りていた。磨いてみたんだが、綺麗にならなくて・・・」 「黎さん、これは持っていてください」 「妹さんにもらったものだろう」 「いいんです、持っていてください。それに、黎さんにはカラーより、そのチェーンの方が似合います」 「そうか」 「それとも・・・いりませんか?」 「え?」 「もう・・・Subになる必要はなくなりましたから・・・」 「・・・・・・」 「俺の気持ちは変わりません。ずっとあなたの側にいます。あなたが必要としないなら、プレイをするつもりもありません」 「馨・・・俺は、望未にSwichに作り替えられたと思っていたが・・・それは違ったんじゃないかと思ってる」 「どういう・・・ことでしょう」 「俺の中には確かにSubの血がある。望未はそれを知っていて、隠れていた部分を引き出したんだろうな」 「・・・・・・・」 「そういえば、真北がお前に謝っておいてほしいと言っていた」 「真北さんが?・・・あっ・・・」 「あの時、俺はSubの血に逆らえなかった・・・真北も同じだったと思う。この習性には抗えないのだと、俺たちは確信せざるを得なかった」 「・・・でも真北さんは・・・黎さんのことが好きだったんだと思います。だからこそ、俺に謝ってくれたんでしょう」 「あれは・・・そういう感情じゃない」 「俺にはわかります。でも真北さんが本気にならなくてよかった・・・全然、かないませんから」 「かなわない?」 「真北さんはいい男で・・・黎さんの信用も厚くて・・・」 「相変わらずおかしなことを言う奴だな」 「そうでしょうか」 「馨」  黎は馨を手招きした。馨が近づくと、ぐいっと手を引かれる。 「わわっ」  黎は墓石に向かって、大まじめに言った。 「母さん、馨です。・・・俺の伴侶です」 「黎さん・・・っ」 「ほら、お前も」 「えっ」 「早く」 「は、はいっ」  馨は、黎さんとお付き合いさせていただいてます、高坏馨です、と身体を九十度に折って宣言した。 「ちゃんとした形で挨拶したかったですね」 「そう・・・だな」  黎は、関のことについては話すことはなかった。育ての親に預けられ、警察官になった黎の前に、上司として現れた実の父親。前嶋家から関係のない場所に逃がしたはずが、ランドオブライトに潜入捜査員として送り込まれた。そして最後は、兄弟とは知らずに争うこととなってしまった。   その傷が癒えるまでには、どれほど膨大な時がかかるのか、馨には想像すら出来なかった。  墓参りをすませ、二人は車へ戻った。 「望未と真北の遺体は・・・結局上がらなかったな」 「ええ・・・」 「・・・どこかで・・・生きているというのは考えにくいか」 「・・・・・・」  望未の傷は、手当さえ早ければ助かったかもしれない。しかし晴臣の出血量で海に落ちては助かる見込みは少ない。黎自身それをわかっているはずだった。  馨はふと、胸ポケットに入れた携帯に触れた。もうひとり、施設の倒壊とともに命を落とした友人がいた。彼の遺体は捜索中だが、発見されたという情報はまだ入ってきていなかった。 「黎さん」  助手席で黙り込んだ黎に、馨はハンドルを持ったまま前を向き、優しく語りかけた。 「俺は・・・あなたの部下でしたけど、今は家族でいたいと思っています」  黎は決意に満ちた馨の言葉に、小さく、うん、と答えた。 「いちから、作っていきませんか。ダイナミクスと無縁なところで」 「馨・・・・・・」 「新しい生活を見つけましょう。ふたりで」  馨は、黎の膝の上の手を握った。その力強さに、黎は馨の顔を見つめ返した。  ダイナミクスの血の束縛は死ぬまでつきまとう。今回のことを思い出すほどに、Subの血がうとましい。 「心配しないで・・・もう、あなたを誰にも触れさせはしない」  馨と黎との距離が近づく。大きな手のひらの暖かさに黎が目を閉じると、馨はそっとその唇を塞いだ。
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