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入社式と全体研修を終えて、今日から配属先での勤務がスタートする。
同期入社の子たちとはみんなそれぞれ配属先が違うから、今日からはバラバラ。
不安と心細さを抱えて、事前に知らされていた従業員口から事務所に入ろうと扉に手をかけた。
「……あれ?」
ガシャン、という鈍い音。
鍵が掛かっているみたいで、扉が開かない。早く来すぎてしまっただろうか。
「お、新入社員さん?早いねー」
開かない扉の前でオロオロしていると、パンツスーツ姿の女性がこちらに歩いてきた。どうやら社員の人みたいだ。助かった。
「おはようございます!あの、鍵がかかっているみたいで開け方が分からなくて……」
「あぁこの扉ね。ちょっと開けるのにコツがあって」
女性は扉のノブを深く捻ると、体重をかけて押し開けた。
「建物が古いからか、ちょっと立て付けが悪いの。ドアノブが回らなくなるところまでしっかり回せば開くから」
そう言ってノブを捻って見せてくれた。
「すみません。お手数をおかけしました」
「いいっていいって。せっかくここで会ったついでに、あなたの上司の席まで案内しますよ」
「ありがとうございます!」
ペコペコと下げていた頭を上げて女性の表情が視界に入ると、その彫りの深い顔立ちにハッとした。
小学生の私と一緒に写真に写っていたあの子。墨田亜里沙ちゃんにどことなく雰囲気が似ている。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。配属先に初出勤なんだから、気を引き締めないと。
脳裏に浮かび上がったツーショットの写真をかき消して、女性の後に続いて事務所の中に入っていった。
「広瀬さん、おはようございます。入口で新入社員と鉢合わせたので連れてきました」
「おーありがとう」
広瀬と呼ばれた細身の男性が、パソコンから目線を外してこちらに向き直る。
「本日からこちらでお世話になります。和泉芽衣と申します」
「広瀬です。今日からよろしく。そちらの墨田さんが当面のあいだ教育係としてつくから、困ったことがあったら遠慮なく聞きなさい」
「自己紹介が遅れましたね。墨田亜里沙といいます。ひとまず、和泉さんの席に案内しますね。荷物を置いて落ち着いたら、事務所のメンバーに挨拶周りに行きましょう」
彼女の名前を聞いて息をのんだ。あの写真の子と、名前まで一緒。まさか本当にあの子なの?
そんな考えが頭をよぎったのも束の間。職場内の挨拶周りやパソコン周りの初期設定、事務手続きと、あわただしく配属初日が過ぎ去っていった。
◆
「疲れたぁ」
配属初日を無事に終えてワンルームの自室に帰るや否や、スーツのジャケットを脱ぎ捨ててベッドに沈み込む。
慣れない環境で緊張が続いたせいか、まだ働いてすらいないのにクタクタだ。
ベッドの脇に目をやると、本棚には実家から持ち込んだ卒業アルバム。
「やっぱり気になるよね」
アルバムを本棚から引っ張り出して、6年2組のページを開く。
墨田 亜里沙の文字の上には、教育係の墨田さんによく似た少女が微笑んでいる。
顔だけ見たら同一人物にしか見えない。でも、私の先輩ってことは年上だよね? やっぱり人違いなんだろうか。
そんなことをモヤモヤと考えているうちに強烈な睡魔に襲われて、その日は眠りについてしまった。
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