チューニングサマー

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 一日として全く同じ日はないという。けれど、私を大学へと運ぶ電車は今日も一定のリズムで音をたてて走り、それに沿うように私の日常も一定のリズムで進み続けていく。昨日と今日の違いもよく分からない。夏の日射しが眩しくて目を閉じる。聴こえてくる人の声や街の音に馴染めるように、心をチューニングしていく。世界にはどうも正しい音程があるようで、自分の存在の音程の悪さにふと悲しくなる。それはチューニングすればするほど感じてしまうのだ。  ガタン。ふいに電車が止まった。車内の人々がまるで一つの塊のようにぬるりと前に傾く。しんとした車内でいくつもの体温に挟まれながら、ふと頭の中に、宙づりの不安定な音が聴こえた。それは幼い頃の夏、私が溶け込んでいた音だった。  小学3年の夏、ピアノのレッスンの帰り道だった。不甲斐ない点数のテスト、跳べない跳び箱、馴染めないクラスの笑い声などを思い浮かべながら、眩しい夏の光と澄み渡った青空に私は行き場を失っていた。なぜ上手くいかないのだろう、世界はなぜこうも完璧に見えるのだろう。気がつくと学校の端にある古びた倉庫の前にしゃがんでいて、ふと顔を上げると大きなピアノが一つ置かれていた。虫とクモの巣、葛のツタで覆われた、テーブルのようなピアノ。そっと鍵盤を押しすと間の抜けた、私の知らない音がなった。その音はその鍵盤に住むべき音ではなかったが、その五線譜にすら乗らないようなその音はまるで居場所のない私のようだった。その夏を私は腑抜けピアノと過ごし始めた。あの場所だけは私をチューニングから抜け出させてくれた。でも、その夏の終り、そのピアノは消えたのだ。私はその瞬間を知らなかった。ただそのピアノが消えても誰も困らなかったことは覚えている。やっぱりチューニングが合っていなければ必要ない存在なんだ。笑える、バカだ、惨めだ、私は苦しくてあのボロいピアノを心の中でそう罵った。軽蔑した。そうしてチューニングを欠かさなくなった。  ガタン。再びさっきと同じ音を出して電車が動き出した。それでも、私は思い出したあの宙ぶらりんの音をもう手放すことはできなくなっていた。私の、私の大切な友人の音だ。思い出したその音を、零さないようそっと目を開ける。やがて音はゆるぎのない眩しい日射しに溶け込んで、いつもよりほんの少し息が吸い込めた気がした。
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