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焼けるような陽を浴びながら、膝に手をつき息を切らす。青々とした緑は陰をつくるが、少年の身体を隠すにはとどかない。「ちょっと待って」と言うその声は弱々しく、先行く少女には届いていないようだった。
膨らんだリュックを前後ろにかけている。重いのだろう、何度も背負い直しては立ち止まる。呼び止める言葉は蝉にかき消され続け、少年は限界がきたのか座りこんでしまった。
「まだ半分もきてないのに」
少年がついてきていないことに気がついたのか、姿が見えなくなっていた少女がもどってきた。虫取り網の柄に布をくくりつけ旗のようにした物を手にしているが、それ以外には何も持っていない。きっと少年の持つそれが彼女の分なのだろう。
「自分で持ってよ」
肩で息をする少年が力なく発する。
「負けたほうが持つって約束でしょ」
「でもずっとなんて聞いてない」
子ども特有の理不尽な罰ゲームは勝者がルールなのだ。
「着く前に倒れちゃうよ」
「大丈夫?」
「心配してくれるなら、自分で持って」
「それは嫌だ」
この年頃の女の子は特に強い。男女格差がはっきりとしている。
少年は肩をおとし、額の汗を拭う。それを見た少女はしゃがみこみ、少年が腹に抱えたリュックからペットボトルを取り出した。
「あげる」
地獄に仏を見たかのごとく、少年は目を見開いた。水滴のついたペットボトルを受け取ると、勢いよく喉に流しこむ。そして3分の2ほど飲んだところで、大きく息をはいた。
「それ飲んだら行くよ」
立ち上がった少女が背を向け歩きだす。残りを飲みほそうとした少年はがっくりとうなだれた。だが、重い腰をあげ、残った液体を少し見つめると、空になるまでひっくり返した。最後まで持たねばならぬ運命を受け入れたのだ。
小さくなる二つの背中は、このあと体験するのだろう。道に迷い、怪我をし、食べ物を分け合う、そんな苦く楽しい冒険を。そしてそれは一生の思い出となる。なぜなら、疲れを感じながらも、腰を上げ歩き出したときに見せた笑顔のわけを私は知っているからだ。
「いかがですか」
スーツを着た男がたずねる。
「続きは見られるのかな」
「もちろん。アングルや場面違いにも対応しております」
「それはいい」
「設置はとても簡単です。ご自宅のお好きな壁に貼りつけていただくだけで、見たい景色をご覧いただけます。年代にあわせてフレームの色を変えられるので、どの時期の窓かも区別していただけるようになっております」
「なるほど」
「こちらは少年期の型となっておりまして、お隣のショールームには青年期の型もございますが、ご覧になりますか?」
「せっかくだしそうさせてもらおうかな」
「どうぞごゆっくりご検討ください。生まれてから現在に至るまで、すべての窓を揃えられるお客様もいらっしゃるんですよ」
完
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