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男の中の
男の中の男は
男に中に男を入れられたって汚れないもんさ。
【男の中の】
おんなとねるのはなぜかって?
「だって、気持ちいいんだもん」
少し、媚び気味の発音に、前田は口に含んだワインが泥水に変わったように感じた。
おえ、と言いかけたが、ぐっとこらえる。
周りの紳士、貴婦人の皆様方に聞こえるとひんしゅく物であるからだ。
ナフキンで少し口を拭いながらジロリと睨む。
「…あんた、わきまえなさいよ」
「なにが」
前田の目の前にいる男はにやにやしている。
前田と同世代の男、彼は後藤というとんでもない男だ。
できれば、一緒にいたくはない。前田はやくざであるが、昔ながらの気質であるし、女性が好きであるし、今のように、落ち着いた品の良いレストランで下品な言葉を使わない。
要するに、紳士。
それに対して、恰幅もよく見た目だけなら堂々たる男性なる人間はprostitute、いやprurientかも知れぬ。
金の為なら他人の女とでも、寝る。汚い真似を平気でする。
どぶねずみよりも劣る男だと思っている。
「何って、その言葉使いも、汚い物の言い方も、その笑い方も、なにもかもよ!」
「お前にだけは言われたくなかった台詞だぜ、お姉ちゃん」
「おねえちゃ、アタシはあーたのお姉ちゃんでも、お兄ちゃんでもないわよっ!汚らわしい、あーたと同じ血液が入ってたらアタシは舌噛み切って死ぬわ!」
「おいおい酷い言われようじゃないか」
「あんたが酷い男だからよっ!」
やるせない、思いで前田はナフキンを投げ捨てる。
しかし前田自身は気づいていないが、周りの人間達は、前田を奇異な目で見ていた。
細身の、少し目つきがきついが成熟したいい男が渋い、少し喉にこもったいい声でオネエ言葉を話しているからだ。
妙な、アンバランス。
それこそ前田と後藤、どっちもどっちである。
似た者同士と他人は思うが、前田自身が聞こうものなら憤死するだろう。
前田は自分のおかしみに気付かないまま、後藤を睨んだ。
「…あーたと食事なんかほんとはしたくないのよ。なのに先方が商談成立した祝いだからとかなんとか言っちゃって、あーたとアタシの分のコース、用意してんだもの。余計なお世話よ。ホント」
「俺とお前、出来てると思われたのかな。な、お姉ちゃん」
「いちいち突っ込まないの!あんた、話にオチがつかないと落ち着かない関西人?」
「関西人を馬鹿にするなよ。俺は大阪の女が好きでね、情に厚くてノリもいいんだ」
「誰があーたの女性観を聞いてんのよ!ハン、やっぱりアタシは東北の女ね、大阪の女はでしゃばりで嫌いよ、やっぱり肌が白くておっとりした女がイチバン」
「おいおい、そりゃ偏見だぜ。案外東北の女は芯が強くて」
「関西人はね、ずけずけ物を言うから嫌いなの」
「オカマかって?」
「うるさいわね!ちゃんとサオもタマもついてるわよ!」
たまらず怒鳴った瞬間、クスクスと周りの席から失笑が漏れた。
まるで漫才である。
気づいた頃にはもう遅い。
完全に前田は後藤のペースに乗せられていた。
ごほん、と咳払いをして前田は渋い顔を作る。
「…とにかく、よ。アタシのいる前でお下品な事喋らないで」
後藤は肩をすくめると欠伸をした。
そして、テーブルに肘をついて掌に顔を置いて顎の細い前田を見た。
「潔癖すぎるな」
前田は睨む。
「美意識が高いだけよ」
「やくざにはむいてないぜ」
「やくざだから、持ってんのよ」
二人の間のテーブルには、テーブルクロスがかけられている。
長い、白い布だ。
後藤の唇がにっ、と歪んだ瞬間、前田の目がかっ、と開いた。
周りからは何も見えない。
だが、前田は震えていた。顔が白く、白くなっていく。
怒っているのだ。
カタカタと、テーブルの上に置かれている拳が震えている。
後藤はにこっ、と首を揺らして笑った。
「やくざは、汚いもんだ。」
「あんた、殺されたいの」
「できるなら最後は腹上死を望むな。」
「ゲス…が」
後藤の、厚い舌が、唇を舐めた。
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