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「褒め言葉だな」
途端にうっ、と前田が呻いた。
今、クロスを剥ぎ取れば、何が行われているかわかるだろう。
前田の股間に、後藤の靴のつま先が、めり込んでいる。
ぐりぐりとわざと刺激をするように遊ぶ靴先に、前田が呻く。
耐えて、堪える男はとても美しい。
後藤は屈折している。後藤は歪んでいる。
だが、それもまた美しいと思う人間もいるだろう。
(綺麗だぜ、前田。今のお前は完璧に綺麗だよ。いい男の癖にオネエ言葉を使って、男に股間をまさぐられて我慢している。矛盾が消えていくんだ。オネエ言葉の男はカマを掘られる。これは道理じゃないか?)
むずむずと、した。
股間がうずく。
久しぶりに、男が味わいたくなった。
前田を踏みつけている靴先が、そろそろ硬い感触を感じ始めたな、と思ったその時だった。
お互いの股間が固くなっている。
そう、いい頃合いだった。
がたがたと震えている前田を心配してボーイが声をかけにきたのだ。
「あの、お客様」
前田がぎり、と後藤を睨んだ。
後藤がにっこりと笑って心配ないよと笑ってやった。
「ちょっと飲み過ぎたようだな。こいつは、一口飲んだら酔っぱらう癖に、飲みたがるんだ。すこし、トイレを借りても?」
「はあ、構いませんが…」
前田の股間からそっと、足を外してやる。きっと前田は素直に後藤の言う通り、酔った振りをして、トイレに行くだろう。
股間の昂りが見えなように前かがみになる前田の腕を後藤の手が握った。
前田は、小さい声でクソ野郎、と罵る。
後藤は、にこ、と笑った。
そこから、前田は必死だった、訳が解らなかった。ただ、必死で逃げようとした。
舌が、わめこうとする前田の口を塞ごうと侵入してくる。気持ちが悪くて首を思いきり振る、
「あんた、なにしてんのよ!」
無言で大きな体が前田をトイレの壁に縫い付ける。再び、口の中にねっとりとした舌が入る。
顎を掴まれて、思い切り、舌を吸われて、唾液が零れた。
ん、んん、と女のような声が出る。後藤の熱い鼻息が上唇にかかる。
気持悪い、上等なスーツの男達、前田の多少内股に閉じられた足を割るように、後藤の足が入り込もうとする。
前田が襲われている、と自覚したのは暫く経ってからだった。
トイレに入るとすぐに後藤は鍵を閉めた。ぎゃんぎゃん噛みついてやろうか、と思っていた前田は、いきなり、そう、文字通り、唇に噛みつかれたのである。
「…お姉ちゃん。固くなってるぜ」
下卑た、笑い。太い指が、布越しに前田の股間をまさぐる。
やめなさい、冗談もほどほどに、そう言う口に、お仕置きをしてやろうかと笑う後藤は、ゲスだ。
前田が言う通りの。
だから、別に何をしたっていいのだ。
美意識など、くそくらえ、だ。
しつこく逃げようとする前田の首根っこを後藤が捕まえる。
細い男だ。後藤の胸板の半分くらいの男だ。しかし骨格や筋肉はしっかりしている。
現すならばしなやかだ。
そんな男が睨む。
「あんた、なに、トチ狂ってんのよ!」
「元からだ。俺は、男が好きなんだよ」
知らなかったのか?にやにやと笑うと、前田が酷く青ざめた。
それから、糞をみるような目になった。
(おいおい、ゾクゾク、するじゃあ、ないか)
「本当は、ケツに入れられるのが堪らなくクルんだが。お姉ちゃんが、誘うから」
そう、後藤が言った瞬間。
便所の床で、前田の靴がターンをした。
瞬間に、風がよぎる。紺の風だ。長い脚が宙を舞う。
そして風が、圧力を持って、後藤の腹を襲った。
たまらずに、床に落ちる膝、後藤の頭上で唾が吐かれて、おえっ、と言う嗚咽が聞こえた。
「アタシ、汚れるの嫌いだけど」
そして、足がゆっくりと後藤の前にきた。
後藤が見上げると、そこに男がいた。
眉間に皺を寄せて、仁王立ちをしている、中年の男だ。
にっこり、とその男が笑った。
足の狙いはもちろん股間である。
後藤がひくりと笑う。
(まずい、これは、前田がキレた)
「おい、おねえちゃ」
「汚されるのは、だいっきらいなのよ!!この、ウジ虫!」
…がつん、とトイレに何かを蹴り上げる鈍い音と、低い叫び声が響いた。
男の中の男は
「男に中に男を入れられたって汚れないもんさ。俺がいい例だ」
「うるさいわね!なんであんた、アタシの事務所に来てんのよ!しつっこいのよ!!」
「だって来てくれないじゃないか。」
「当たり前よ!あたしはあーたが大っきらいなの!」
最近、前田はうんざりしている。後藤と言う男が前田は嫌いだ。
だが、後藤は、どうやら違うらしい。今まではそうではなかったらしいのだけれど。
男の中の男、とのたまう男は、男の中に男をいれたくなったようだ。
前田は断じてごめんなのだけれど。中年同士がまぐあう姿なんて。
「綺麗じゃないのよあーた。」
前田がぼやく言葉は後藤にはまだ届かないようだ。
【男の中の】完
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