反照

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

反照

飲み会から2週間、私は小夜と連絡を取っていた。 読書が趣味という共通点があり、お互いに読んでいる作品が異なることから、好きな作品を紹介しあって、読んだ感想を交換する、というやりとりをしていた。 小夜はミステリー小説が好きで、いくつかおすすめされた作品を読んでみた。 不思議とその作品たちが小夜を象っているように思えて、作品の中のトリックよりも難解な小夜の心に迫っているようにも思えた。 隼人と涼子はというと、早速スノーボードに行き、怪我をして帰ってきたそうだ。病院で足を吊られている隼人の写真が送られてきた。 このまま順調に進めば、そんな事が頭を過る。 少し前までは抜け殻のようになっていた私も、いつの間にか前向きな気持ちになって、新しい生活を楽しんでいた。 ある日、小夜から 「この前勧めてくれた本、映画化されるんだって。観に行こうよ」 と誘いの連絡が入った。 初々しい気持ちが芽生え、初恋をした学生のようにデートコースを決めたり、デート用の服を買いに行って当日の準備をした。 そして迎えたデート当日。 またも渋谷を選んだのは少しナンセンスだったか。 そんな心配を他所に、待ち合わせ場所で待っている小夜を見つける。 直接合うのは、飲み会以来だ。 「お待たせ。映画館まで案内するよ」 これまで、デートらしいデートをしたことのない私は、何度も復唱した台詞を読み上げると足早に映画館を目指した。 小夜は、小花柄のワンピースに涼し気なサンダル姿で、少し大人びて見えた。 映画館に着いて、予め発券しておいたチケットを小夜に手渡す。よし、ここまでは完璧だ。 あとは飲み物とポップコーンを買って…… 段取り良く進めようとする私を見て、小夜が笑い出す。 「なんかすごい考えてくれてるんだね」 空回りしているようで恥ずかしかったが、それでも上映時間野5分前にはポップコーンと飲み物を持って席についた。 映画は、数々の賞を受賞した小説作品を映像化したものだった。 家族の形を問う、現代社会の中でもなかなかスポットが当たりにくい問題を取り上げた話題作だった。 私の好きな作家の作品が映像化されると聞いて、ずっと楽しみにしていたのだが、実際のところ、内容はろくに入ってこなかった。 隣で映像に照らされる小夜の横顔を眺めて、横顔に映し出される影ばかりを見ていた。 クライマックスのシーンで、 「どんなに形を変えても、家族なんだよ。目には見えないもので繋がっているから、生きているだけで、それでいい」 映画の中で叫ばれた台詞がずっと頭の中をぐるぐると回っていた。 初デートにしては重い内容だった、と反省をしながらも、涙を流す小夜を見て、その儚さに心の奥底でささくれだった気持ちに糸が引っかかるような、そんな不思議な感覚を覚えた。 映画が終わり、ランチを取った。 昔からよく通っている喫茶店だ。窓際の席に通され、店主がスパイスからこだわったカレーライスとアイスコーヒーを頼む。 映画のあとは、感想を述べたり、話すことが尽きないであろうと想定していたが、それ以上に作家論や原作での描写などの話であっという間に時間は過ぎていった。 会話に困ったときのために、いくつか話題を用意しようと利き手じゃない手でカレーを食べていたのだが、遂には種明かしをするタイミングを逃した。 正直、なんということもない話だったので、会話が盛り上がったことで救われた。 この日から私は左利きになった。 その日から、小夜とは毎週会うこととなる。 あの本が良かっただとか、このあいだ行った喫茶店の雰囲気が良かっただとか、動物園に行きたいだとか、どこにでもあるごくごく普通の仲睦まじい男女のやり取りが続いた。 そんなやり取りの中でふと、小夜から 「私たちって友達?」 と質問が飛んできた。 この時点で十分にまずい。 そんな事を言わせてしまう自分の曖昧な行動を振り返り、ため息が出た。 咄嗟に「友達以上だよ」 と返したが、返事はない。 言葉がバラバラになって、記号となり、思考の波に飲まれていく。見たことのない記号が色々なパターンで組み合わさって、見たことのない文字を象った。 考えるのはやめだ。次に進まなければ。 そう思って、電話をかけようとするが、彼女にフラれ、知らず知らずのうちに落ち込んでいた心が再び起き上がった。 また同じような結果を招くのではないか。 曖昧な態度を取って、踏み出す勇気を持てない。 小夜の真意はわからなかったが、自分の人生におけるターニングポイントというものはきっとこういったことなんだろう。 「そっか。じゃあまた遊びに行こうね」 ポップアップで表示された画面を開くことはできなかった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!