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隠顕
結局振り出しに戻るどころか何もわからなくなってしまった。
連絡が取れないまま1ヶ月が経とうとしていた。
勤め先に在籍していない、という事実が何よりもショックだった。
小夜が何かを隠している素振りも見せなかったので、疑うこともなかった。
ただ、冷静に思い返せば家に行ったこともない、出会って1年に満たない人間に勤め先をわざわざ知らせる事もない。
不思議なことではなかった。
それでも、嘘をつかせてしまっていた罪悪感に苛まれ、自分を恨んだ。
とはいっても、安否だけでも確認したかった。エゴでも何でもいい。気づかぬ内に嫌われていたとしても、事故や病気で倒れていたとしたら、それを後から知って後悔することはしたくなかった。
そんな時、ふと陶芸教室で送付先を小夜の自宅にしていた事を思い出した。
最早ストーカーと呼ばれても弁解の余地もない。
それでもどうにか繋がっている糸を手繰り寄せる。
その先に大きな綻びがあったとしても、また結び直せばいい。
後先考えずに陶芸教室に電話をかけた。
数回のコールの後、人の良さそうな声色の講師が出た。
「先月陶芸体験を受講した者なのですが……」
これで何も掴めなかったらそれこそ振り出しだ。
なんとか情報を得ようと言葉を探した。
「実はまだ届いていないようで、送り先の住所を確認したいのですが」
講師は伝票を確認すると言って保留を押した。
優雅なクラシック音楽が流れる。私の心情を逆撫でするようなゆったりとしたメロディーとブツブツと途切れる雑音が不快だった。
しばらくして、
「お待たせしました。お送りした住所なのですが」
講師はそのまま市区町村、番地、マンション名まで教えてくれた。
最後に、
「もし届いていないようでしたら、こちらで確認してご連絡しますので」
と申し訳なさそうに言った。
少し心が痛んだが、それどころではない。
お時間を頂いてしまったことを侘び、恐らく届いているとは思うので確認する、とだけ伝えた。
聞き出した住所を検索する。
いつも見送っていた最寄り駅から30分も歩くところにあった。
私の家からもほど近い。
心拍数が上がる。心音が徐々に体全体に広がって、汗が止まらなかった。
同時に頭頂部から血の気が引いていくような、全身の血の巡りが悪くなるような感覚になる。
もはや、何が本当なのかわからなくなっていた。
ただ、やっと掴んだ居場所を確かめない訳にはいかない。
週末にその住所へ訪ねることにした。
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