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午後の陽射しのもとで僕は、目の前に現れたぼんやりとした光を見ていた。
これが何をするものなのか僕にはわからないが、きっとアサカによるものだと僕は信じていた。
光が大きくなり目を開けていることができず僕が左手で顔を隠した瞬間だった。全身の力が抜けていき、視界は真っ白になった。
光の世界のような上とも下ともわからない世界で、僕は僅かに残っていた意識までもが消えていくことを感じた。
一度死にかけたことがある身とはいえ、何の懐かしさもない感覚に僕は「この世」での持ち物をすべて失った。
*
目が覚めると、そこは一面の花畑だった。目の前には大きな川があった。
これが噂の三途の川かと思っていると、背後に気配を感じた。
振り返ると、花畑の上で三つ指をついて静々と頭を下げている黒髪の女性がいた。
「日下部蓮様、この度は我が国にお越しいただきありがとうございます。僭越ながらこの柊アサカ、貴方様をお迎えにあがりました」
その声で着物の女性がアサカだとわかった。彼女はゆっくりと頭を上げ、僕を見上げた。
「誰かと思った」
「形式的なものだけどね、こちらからお迎えするときはこうするって決まりなの」
「……そうなんだ」
「さ、ゆっくりはしてられない。行くわよ。戦争は今も続いているんだから」
アサカはまっすぐに立ち上がり、僕に左手の掌を向けた。その手を取るべきか悩んでいると、アサカはフッと笑った。
「戸惑ってる暇はないわよ。遊びに来たんじゃないからね」
「……もちろん」
僕がその手を取るとアサカは掴んだ僕の手を引き寄せ、あっというまに左手で僕の腰に手をまわした。
「うわ」
「戸惑ってる暇はないって言ったでしょ。行くよ?」
「……どこへ?」
「……始まりの場所へ」
アサカの身体と僕の身体が浮き上がった。僕達の身体は川の向こうへ向かって動き始めた。
「ほら、ちゃんと私に捕まってて。川に落ちたら面倒だから」
「そんなこと言ったって! 空を飛んだことなんてないし!」
「これから……嫌になるぐらい飛ぶわよ」
笑顔だったが、アサカの言葉は胸にずしりと響いた。乗り物酔いに強い僕だったが、何だか胸の奥から吐き気を催しそうな気分だった。
この時の僕は戸惑いつつもまだ「希望」は持っていた。
ただ、ここから――サキを迎えに行くまでに起きる数多の出来事をこの時の僕はまだ知る由もなかった。
これが、いつかサキと帰ることを信じて戦う日々の始まりだった。
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