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114.間が悪いとはこのことか
うっかり間の悪いところに来てしまった。一番近くて湯冷めしにくいと思い、アガレスの部屋を選んだのが失敗だったか。中から感じるアモンの魔力が、慌ただしく離れていく。おそらく窓から逃げたのだろう。悪いことをした。
「すまん」
心の底から謝る。二人が恋仲なのは知っていたが、逢引の予定は当然知らなかった。天使のせいで予定が狂ったのだと説明したいが、興味津々のカリスを連れて帰るのが先決だろう。
風呂を借りる話をしてカリスを脱がせ、洗う間に湯を溜める。予定通りの行動だが、そこで気づいた。まだ浴室内に湯気が残っている。逃げ出した様子からして、これから恋人の時間だったのではないか?
一緒に風呂に入り清めて、ベッドに移動した直後に来たのだとしたら……額を押さえて呻く。アガレスとアモンに、少し長い休暇を与えよう。それで許して欲しいものだ。
ひよこの玩具を浮かべるカリスは、まるっきり理解していない。長い緑毛の持ち主でアモンを思い出すかと心配したが、大丈夫だった。ほっとしながら毛を視界から消し、逃げたアモンが風邪をひかないことを願った。これで体調でも崩されたら、アガレスが気の毒だ。
「早く帰ろう」
「うん」
アモンが魚を飼っているか知らないが、何か誤魔化す物を用意して。それから口裏を合わせる話も必要だな。風呂が使えなかった理由が必要だ。
あれこれ考えながら、入浴後のカリスを抱き上げる。昂った感情やあれこれを処理したらしいアガレスに見送られ、廊下に出た。本当に悪いことをしてしまった。もう少し早く気づけていたら、マルバス辺りの部屋でもよかったんだが。
「あらあら、カリス様じゃないですか」
珍しくセーレと出会う。彼女は厨房がテリトリーで、その近くに部屋を望んだので滅多に階段を上がってこない。何か用事があったのか尋ねると、ワインやつまみを届けたと聞いた。
「マルバス様、今日は女性とご一緒でしたよ。仮契約ですってねぇ」
カリスが首を傾げるので、簡単に教えた。仮契約は別名腰掛けとも呼ばれる。正式な契約には至らないが、気に入った人間と一時的に関係を繋ぐことをいう。どうせ人間は願いを叶えてもらえるなら、契約の種類に拘らない。
「僕は仮契約?」
「いや。最初から本当の契約だ。簡単に解消できないやつだったな。ずっと一緒だろ? それに新しく結び直した契約は、絶対に解除できない」
心配するなと笑ったら、カリスが笑顔で抱き着いた。首筋に顔を埋めて、幸せだと呟く。その心の声に、じわりと胸が熱くなった。親が来ても手を離してやれない。この子は俺の命だ。
「カリス様、こちらをどうぞ」
セーレは人のいい笑みで、ポケットから飴を取り出した。蜂蜜を溶かして作ったらしい。お礼を言って受け取った飴は、蝶の形をしていた。嬉しそうなカリスと部屋に戻り、寝る支度を始める。
「これ、持って寝る」
「だめだ。溶けてしまうぞ」
「飛んでったら困るもん」
可愛い思い違いを正すのも違う気がして、カリスが安心できるならと籠にしまった。きちんと蓋をした様子に安心した幼子を抱いて横になる。寝顔を見ながら、明日は何でこの子を楽しませてやろうか。楽しみに思いながら目を閉じた。
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