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12.猫と狼の違いは大きくて
翼のことは口に出さないよう言われた。約束なんだって。指を絡めて約束したら、絶対に破らないんだよ。僕はちゃんと出来る。バエルのこと大好きだから、言わない。
抱っこもキスも好きだけど、バエルと一緒が大好き。僕の声が聞こえるの、すごく嬉しい。いっぱい近くにいるみたい。
へにゃっと顔が崩れて笑っても、バエルは許してくれる。見たいって言った。バエルみたいに綺麗じゃないけど、いつか綺麗になれるかな。
「カリスの目に、俺は綺麗に映るのか」
なぜか悲しそうな声だった。翼の話の時もそう。僕が知ってる中で一番綺麗な人なのに、どうしてだろう。
「この瞳に映るのは、過去の俺だ」
過去って昔のこと? でも僕は昔のバエルを知らない。今のバエルだけなのに。悔しいような変な気持ちで唇を尖らせると、くすくすと笑った。
「アガレスはどう見える?」
「手と顔とか半分くらい人で、残りは柔らかい毛皮の猫さん」
「……本人には狼と言ってやれ。傷つくぞ」
「猫さんじゃないの?」
違うと否定されて、慌てて口を手で押さえた。絶対にアガレスには言わない。狼さんだったんだね。よかった、アガレスに言わなくて。きっと気分を悪くして怒っちゃうと思う。
「そこまで怒らないが、泣くかも知れんな」
泣いちゃうの? 僕が怒られるより大変だよ!
「カリスが泣く方が事件だ」
バエル、楽しそう。僕の心はアガレスにも見えるのかな。もし猫さんだと思ってたのが伝わったら……。
「安心せよ、そなたの心が伝わるのは契約した俺だけだ。アガレスであろうと、他のどの悪魔も覗けぬ」
「僕とバエルだけ?」
嬉しい。僕はバエルの、ひとつだけの物みたい。
「このような関係を特別と言うんだ」
新しい言葉に目を見開く。とくべつ? 僕、バエルの特別なのかな。そう思ったら頬が緩んだ。可愛いと言いながら抱き締めるバエルが、小さな何かを取り出した。
瓶から転がり出たのは、水色の紙で包まれた丸い物。初めて見る。バエルの指先が紙を開いたら、中に薄い黄色の透き通った粒があった。それを摘んで、僕の唇に押し当てる。
「口を開けてみよ」
……ガラスに似てる。尖ってないけど怖い。バエルなら痛いことしないから平気、なのに口を開けようとすると震えた。怒らせちゃう。早くしなきゃ。気持ちが焦る僕の髪を撫でて、バエルがガラスを口に入れた。
「バエル! 痛くなる、血でる」
取り出そうとしたら、甘い匂いがした。同じ物をまた出して、バエルが中身を僕の唇へ触れさせた。
「あーん、だ」
ぎこちないバエルの言葉に、僕は覚悟を決めて口を開けた。からんと音を立てて入ってきたのは、冷たいガラス……じゃない。味がする。甘い? お野菜の甘いのをいっぱい集めた感じで、転がしても刺さらなかった。
ガラスじゃないの?
「飴という菓子だ。噛まずに舐めていろ。これから毎日やろう」
このうまいのを毎日? 楽しみだな。明日は色が違うのを用意してくれるんだって。こんな甘い味、初めてだ。からころと口の中で転がる音が不思議で、痛くないのが嬉しい。ほにゃっと笑ったら、頬にキスをくれた。
息子になるって、胸がじんとして鼻がツンとなることがいっぱい。甘い飴がなくなって、僕は少しだけがっかりした。ずっとは続かない。でも明日も食べられるから我慢するね。
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