6.初めてがいっぱい

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6.初めてがいっぱい

 知らないことばかり。餌をもらう挨拶を失敗したのに、叱られなかった。殴ることもなく僕を膝に乗せたんだ。びっくりして固まってたら、とろりとした温かい物をくれた。口の中がうわぁって、嬉しくなる。  甘くて塩の味もして、ごくりと飲み込んだ。早く飲まないと殴られるかもと思いながら、また口の中に入ってきたとろりを舌で感じる。こういうの、なんて言うんだろう。 「うまいか?」  僕に聞いてるの? うまいって、この食べ物のこと? 「うまい、です」  初めて使った言葉。どきどきした。口の中がうわぁって嬉しくなるのを、うまいと言うんだね。この人はどうして僕に先に食べさせたんだろう? 食べないの?  浮いたお皿の上で銀の棒が動いて、唇の前に突きつけられた。この棒、痛いのかな。怖くて口を開けずに見ていたら、頬を指で突かれた。さっき、うまいのをくれた。僕を殴らなかったから、我慢する。覚悟を決めて口を開けた。  今度は塊が口に入ってくる。これもうまい! 噛むとほろほろ崩れるし、いろんな味がした。この綺麗な人はどうして僕に優しいんだろう。色々と少しずつ僕の口に運ぶ。全部うまい。柔らかいのをゆっくり噛んでも、中にガラス入ってない。口が切れないんだよ。  こんなうまいの食べたら、明日が怖い。また前のに戻ったら、嫌だな。これを残したら、明日も食べさせてくれるかも知れない。残すなんて、蹴られるかも。疲れるくらい迷って、でもお腹はそんなに入らない。もう無理。  口を閉じて、首を横に振った。休んでもいいと言ってくれたけど、うまいのを残してごめんなさい。もう一度謝ったら、残りはこの綺麗な人が食べると言った。びっくりしすぎて固まる。だって、この綺麗な人が僕の残りを……そんなの、怖い。混乱して涙が出て、ごしごしと両手で擦ったら止められた。 「眠れ、起きたら名をつけてやろう」  柔らかくて白い布が覆う場所に降ろされた。ここは目が覚めた時の台だ。気持ちいいけど、僕がいたらいけない。降りようとする僕を、綺麗な人は抱き上げた。 「致し方あるまい」  抱っこして一緒に横になる。転がった台はふわりとして、いい匂いがした。こんな綺麗な人と、綺麗な場所で……僕は明日殴られて死んじゃうのかな。前に蹴飛ばされて動かなくなった猫みたいに。あの猫も前の日は餌をもらって、撫でられた。  涙が出てきたけど、声は出さない。殴られるから。叩かれるのも嫌い。蹴られると息が出来なくなるから怖い。必死で唇を噛んだら、この人は指で撫でた。痛いのが消えて、僕は目を閉じる。  明日死んでもいい。動けなくなってもいい。だから今日だけ、優しくして。目が覚めるまでの夢、そう思ったのに次の日も僕は綺麗な人と一緒にいられた。目が覚めて動けないことにびっくりしたら、綺麗な人が僕の頭を撫でている。 「起きたか、こちらにまいれ」  先に起き上がってから、僕を膝に乗せる。僕の背中がぴたりとくっついて、温かかった。じっとしていると、大きな手が僕の髪を撫でる。気持ちよくて目を閉じたら、額に何か触った。ちゅっと音がする。 「朝の挨拶だ」  あいさつ? 知らなかった。これは毎日していいの? 気持ちいい。頬を緩めると、笑ったと喜んでくれる。僕、この人とずっと一緒にいたいな。
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