1.我が契約者として認めよう

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1.我が契約者として認めよう

 死ね、汚い、近づくな。いつも言われてきた。ゴミ、生かされただけ感謝しろ。そう言って暴力を振るわれる。今日はいつもより激しかったけど、その後ここに捨てられた。僕はもう要らないんだって。  冷たい路地に打ち捨てられ、身動きが出来ない。お腹が減って力が出ないし、殴られ蹴られた全身が痛い。熱もあって動く気力も湧かなかった。僕はこのまま死んじゃうの? 不安は徐々に薄れ、意識がぼやけてくる。なんだろう、寒さを感じなくなった。  ふわふわする意識に従い、目を閉じる。このまま眠ったら、もう二度と傷つけられなくて済むの? でも一人は怖いから、誰でもいい。側にいて。僕を抱き締めて愛して? 我が侭は言わないし、大人しくしてるから。僕を拾ってよ。 「我を呼ぶ者はそなたか?」  びくりと肩を震わせる。重い目蓋を開いた先に、とても綺麗な人がいた。銀色の瞳と同じ色の角を持った黒髪の……まるでお月様みたいな人だ。きれい、唇だけで呟いた。神様が僕にお迎えを寄越してくれたのかな? もう一人は嫌だから、連れて行って。  手を伸ばしかけて、汚れた指に気づいた。こんな綺麗な人に触ったら、汚しちゃう。僕は汚いんだ。だから……ほわりと微笑んで目を閉じる。最後に見たのが、この人で良かった。僕の意識はそこで途切れた。  召喚に応じたら、薄汚い子どもが路地裏に転がっていた。思わぬ状況に、バエルは眉を顰める。召喚の魔法陣も贄もなしに呼び寄せたのか? ゲーティアの頂点に立つこのバエルを!  膝を突いて視線を合わせれば、うっすらと目を開ける。呼びかけに応えたと告げるバエルへ手を伸ばし、なぜか途中で諦めて柔らかく笑う。儚い笑みと眦に浮かんだ涙に胸が締め付けられた。まだ契約もしていないのに、この子が気になって仕方ない。 「よかろうよ、我が契約者として認めよう」  目を開けぬ汚れた子どもを厭うことなく抱き上げ、頬に付いた血を袖で拭った。くたりと力の抜けた体は柔らかく、バエルはあまりの軽さに驚く。まだ3歳前後だろうか。饐えた臭いがするのは、この子の置かれた環境故だ。育児を放棄されたのだろう。  身内を大切にするゲーティアでは考えられないが、人間は我が子を虐げる者も多いと聞いた。実際に目にしたのは初めてだが……。小刻みに震える子を温めるように抱き寄せ、小さな手を握る。必死で握り返す傷と痣だらけの指が痛々しい。 「そなたの庇護者も悪くあるまい」  契約した人間を持ち帰るのは初めてだ。初めて尽くしの異例の契約に、好奇心と興味が湧いた。長く生きて飽きた景色が色を変えていく。悪くない、ああ……認めよう、そなたこそ我が契約者に相応しい、と。
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