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一回のレッスンにしては高すぎるレッスン代を有り難く受け取り、結衣はまだピアノに座って練習をしている中、俺は帰ろうと荷物をまとめていた。
「じゃあ、帰るな。また来週」
「はーい」
結衣はピアノに食いついたまま返事を返した。荷物を持って玄関のほうへと歩いて行くと、リビングにあの人が座っていた。彼は俺の姿を見ると手招きをして、向かいのソファに座るように促した。無視することもできなくて、俺は控えめにソファに腰掛けた。
「ピアノ、上手いね」
高めに響く心地の良いテノール。窓から差し込む日差しが、レースのカーテンを通って彼を照らしていた。
「い、いえ、全然…」
「名前、なんていうの?」
「真壁です。真壁優」
「優くんかあ。いい名前だね。僕は椎原由紀。創平さんと結衣ちゃんにはユキって呼ばれてる」
「ゆ、ユキさん」
「そう」
ユキさんは穏やかに微笑む。俺は彼が微笑むたびに視線を逸らしていた。直視してはいけない神聖なものな気がする。
「優くん、何歳?僕より年下かな」
「23歳です」
「やっぱり、年下だね。僕は25歳」
年齢を聞いてぎょっとした。大人びた雰囲気はあるけれど、可愛さの残る顔は高校生だと言われても信じる。
「ふふ、びっくりしてるね」
「はい……」
「よく驚かれるんだ。でも、君も童顔だと思うよ」
「そうですか?」
「うん。猫みたいでかわいい顔してる。言われない?」
「あまり…」
「そっかあ」とユキさんは笑う。テノールがころころと揺れて部屋に響いた。
「また来週来るの?」
「はい」
「そっか。じゃあまた来週」
それから俺はこの家にレッスンに来るたびに彼と会った。彼はいつも俺たちのレッスンの様子を楽しそうに見ていた。何回も来て分かったのは、ユキさんはこの家に一人で住んでいてこの家にはお手伝いさんが一人いること、そして彼はあまり出かけないこと、結衣はあまりユキさんを良く思っていないということだった。
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