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家に帰り、布団の上に身を投げる。
ふわふわと宙を漂う埃は電気の光を受けて白く見えた。
寝転んだままスマートフォンを見ると、澪からメッセージが来ていた。
『今日はありがとうございました!一緒にお食事できて嬉しかったです』
特に何も考えることなく、『ありがとう』と返してうさぎのスタンプを送っておいた。
今日は疲れた。お風呂入って早く寝よう…と思ってスマホを適当に投げ捨てると、誰かから電話がかかってきた。澪だろうと思ってのそのそとスマホに手を伸ばす。が、発信者を見て俺は飛び起きた。
画面には「椎原由紀」と表示されていた。ユキさんだ。以前連絡先を交換したが、電話どころかメッセージ一つ来たことがなかった。どうして急に?
俺は軽く咳払いして喉を整えたあと、慎重に通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもーし』
ユキさんの声が聞こえた。布団の中で話している時のように、いつもより低めに響く声だった。出来るだけ小さい声で話すように努力しているような感じだ。
「どうしたんですか、急に電話なんて」
『んー?いや、特に用事がある訳じゃないんだけど。なんか声聞きたくなって』
「は、はあ」
俺はスマホを耳にあてたまま、もう一度布団の上に転がった。
『今なにしてるの?』
「今は…家に帰ってきて、お風呂入ろうとしてました」
『そうなの?ごめん、邪魔して』
「いえ、ぜんぜん」
『ふふ、声眠そうだね』
とユキさんが笑った。
「んー……ねむいんですよ」
俺の適当な答えにユキさんはまた笑った。
『眠くなるのはいいことだよ。お酒でも飲んだ?』
「ワイン……飲みました」
彼の声を聞いていると更に眠くなってくる。不思議な声だ。
『そうなんだ。いいなあワイン。誰かとご飯でも行ったの?』
「んー…まあ、はい。さいきん知り合った人と」
『へえ、いいね。あ、ちょっと待ってね』
と言って向こうが急に静かになった。画面を確認するがミュートになった訳ではなかった。
スマホを耳に当てたままぼんやりしていると、微かにユキさんの声が聞こえた。そちらに意識を集中させると、スマホから離れたところで何か話しているみたいだった。
『起きてたの?……ううん、ちょっと電話してただけ。……違うよ〜、そんなんじゃないって。』
途切れ途切れで音も小さいが家が静かなせいか何を話しているか分かった。
『ん、ふ……ちょっと、くすぐったいよ。ふ、ねえってば。あっちで待っててよ、もう』
ちょっと待て、一体向こうで何が行われているんだ?くすぐったいって何だよ。俺の中であらぬ妄想が悶々と立ち込める。ユキさんと喋っている相手の声は聞こえないが、ユキさんの彼女だろうか…。俺は今聞いてはいけないものを聞いている気がする。いや、彼女といるときに普通俺に電話してくるか?ていうか彼女いたのか?
なんて考えていると、ユキさんが戻ってきた。
『ごめんごめん。宅急便が急に来て…。優くん眠そうだし切るね。いい?』
「あ、はい……」
『急に電話してごめんね。ばいばい、おやすみ〜』
「お、おやすみなさい……」
アンタのせいでたった今眠くなくなりました。通話の切れたスマホの画面を眺めながら、未だに頭の中を占めている妄想を掻き消そうと頭を叩いた。確実に言えるのは宅急便が来たというのは嘘である。
「はあ………」
俺は身体を起こすと、悶々としたままシャワーを浴びた。くすぐったいって何だよ、本当に。
浴室を出て、パジャマに着替えてから髪を乾かし、歯を磨いてからまた布団に身を投げる。いや、くすぐったいって何だよ!
「あーー……」
ダメだ、もうあのことしか考えられない。今日は一旦寝よう。疲れたし。
俺は枕に顔を埋め、うつ伏せになって目を閉じた。
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