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「今回ばっかりは、あたしが悪かったと思う」
もしかしたら、こんなに穏やかに笑う妻の顔は、初めて見るかもしれない。
「怒ってるわけないじゃん。むしろ、こっちが申し訳ないって思うくらいだよ」
少し困ったように眉を歪め、苦笑いでそう言った。
「自分勝手で、本当にごめんね」
通り過ぎていくネオンが、後光のように妻を照らしている。
嗚呼。
俺、やっぱこいつが好きなんだな。
何でもない日常を切り取ったシーンだけれど、ふとそう思った。
愚かな選択をしてしまった自分を思い返し、悔しさが込み上げる。
運転に集中しなければならないのに、堪えられずに涙が流れてくる。
「くそ……やり直してえよ」
自然と零れたその声は、情けないほど震えていた。
口元には諦めを含んだ笑みが貼り付いているように感じる。
「あっはは。叶わぬ夢だね」
またも普段通りに笑い飛ばす妻に、思わず路肩に車を停め、顔を覆って泣いてしまった。
「もう。何してんのさ。かなちゃんが待ってるんでしょ?」
ハンドルに頭を擦り付けて泣いている俺の耳に、妻の呆れたような声が届く。
「あっくん。ここまで送ってくれてありがとう。あたし、降りるね」
扉に手をかける妻を、引き止めようと手を伸ばす。
「頼む。やり直させてくれ」
でも、妻との距離が遠すぎて、触れることはできない。
「そんなの無理だよ。もう、終わったことだから」
こちらを振り返らず切ない声で突き放す妻。
「じゃあ、なんで来てくれたんだよ」
鼻水がだらだらと垂れてきて、口に入りそうになる。
それでも、今は拭うことを億劫に感じる。
妻が映る視界を遮りたくない。
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