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第4章
一目惚れ、という言葉が大嫌いだった。
『顔が女みたいに綺麗だったからいけると思ったけど、やっぱり男だわ、無理』と静を振った男をボコボコにして以来、恋人はいない。ゲイだということも隠している。
自分がゲイだということを自覚したのは高校一年生の時、そして彼氏が出来たのは高校三年生の時だった。
高校時代、女顔をバカにされるのが嫌で、絡んできた奴らを拳で黙らせていたら、喧嘩は負け知らず、地元じゃ有名、みたいな存在になっていた。
そんな中、静は隣の工業高校の男子生徒に恋をしていた。しかしもちろん告白するつもりも、付き合うつもりもない。
街中で会えば何かにつけて喧嘩をして、拳を交える仲だった。何よりそいつは静の顔のことを何も言わなかったのだ。
高望みはしていなかった。たまに会えば適当な理由で殴り合うだけの関係で良かったのだ。
しかし関係は相手からの告白で動いた。いつものように拳を交えようとした時、『一目惚れだった。付き合って欲しい』と言われたのだ。
その時、静は自分に都合の良い解釈をしてしまった。相手は静の顔ではなく、静の喧嘩の強さに一目惚れしたのだ、と思い込んでいた。
それに自分も好きだった人で、初めて同じ性的嗜好の人と出会えたこと、初彼氏だということなど、若く、そういう面では初かった静は浮かれ、深くは考えなかった。
お互いに付き合っていることは内緒にしたかったので、一目を忍んでキスしたり、手を繋いだり、互いの取り巻きたちにバレないように変装してデートしたりと、甘酸っぱい恋愛を楽しんだ。
静は本当に彼のことが好きだったし、彼のために何でもできると思っていた。身体だっていつかは繋げたいと思い、会う時はいつそういう雰囲気になっても良いよう、準備だって欠かさなかった。
しかしいざ相手の部屋で押し倒され、服を脱ぎ、自分の裸を晒した時、相手は全く反応していなかった。
挙句の果てに『顔が女みたいに綺麗だったからいけると思ったけど、やっぱり男だわ、無理』と言われ、静は深く傷ついた。
結局、彼氏は静の色白で、小さくて、綺麗な顔が好きなだけだった。身体を見て、男性だと認識すると、『無理』という言葉で片付けられてしまったのだ。
あまりにも腹が立ち、裸のまま相手と取っ組み合いの喧嘩をし、ボコボコに殴った後、自分の荷物をまとめ、部屋を出た。
その時でさえ、そいつは静の顔は狙わなかった。無性にそれも腹が立った。
それ以来、顔のことを褒めるやつ、特に一目惚れだと言い寄ってくるやつは信じない。
また恋愛にうつつを抜かし、自分を見失うような恋もしない、と心に決めている。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「……ああ、すまん。とめてくれてありがとう」
あの後、坂元によってパトカーの後部座席に無理やり押し入れられ、今は本署に向かっている。被疑者発見の捜査報告書と、現行犯逮捕手続書を作成するためだ。
坂元は『一目惚れ』だと告白され、怒りで我を失いかけた静を宥めてくれた。
たまにむかつくが、今は坂元の存在はありがたかった。
「とりあえずおれが課長や副署長には説明はしとくから」
「本当にすまん」
同期とはいえ、巡査長である静よりも一つ階級が上の坂元はあった出来事を上司に説明する義務がある。
きっと下げなくても良い頭も下げなければならないだろう。それが申し訳なくて仕方ない。
「いいよ、一応おれ、お前の上司だし。まあいくら好意を持ったとはいえ、いきなりみんなの前で、手の甲にキスされたら怒るよな。ましてや、お前の嫌いな一目惚れって言葉を使ってさ」
坂元は静がゲイだということは知らない。だが、顔のことで何か言われたり、一目惚れが嫌いなことは知っている。
もやもやとした気持ちを抱え、静は膝の上に置いた拳を握りしめた。
元彼も被害者である花村のような王子様系統の雰囲気で、自分がああいう男性がタイプだということは自覚している。だが、今はそういう男性を好きになるとか、付き合いたいだとかは一切思わない。単に好みや性癖の問題だ。自分から関わりたいとも考えていない。
みなの前で告白して来たこと、『一目惚れ』だと言ったこと、この二つが重なり、咄嗟にかっとなってしまった。
(有り得ないだろ……、あんなの)
右手にちらりと目線を向ける。花村の柔らかく、温かな唇の感触がまだ残っている。
思い出すと、不用意に胸が鳴動してきた。かあ、と身体が熱くなる。
静は急いで、誤魔化すように、ごしごしと制服のズボンに、右手の甲を擦り付ける。こびりつきそうになった花村の唇の感触を忘れたかったのだ。
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