忘却と食材と僕

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 しかし、今の一連の流れで、僕はようやく思い出した。  そういえば昨日も僕が考え事をしていたら、妻がメモを失くしただの、プリンが無いだの、どうでもいいことを(わめ)くものだから、つい『うるさいなぁ』と言ってしまい、口論になったのだった。  ……つまり、僕は愕然とするしかない。  昨日の喧嘩の火種となったのは、結局のところ僕が歯医者のメモを捨ててプリンを食べたからであって、そのことはドサクサに紛れて、今さっき許されたつもりだったのだが、妻が昨日の怒りのきっかけに気付いてしまえば、どう考えても弾劾(だんがい)されるに決まっている。  うるさいと言ったことを謝れば、それで済んだ程度の話だったのに、先ほど僕は火炎瓶に火をつけて笑いながらシュートしてしまった。  マズいのではないだろうか。  妻はまだ、頭を抱えて(うな)っている。  うんうんうんうん唸っている。  願わくば、未来永劫思い出すことがないように、なんらかの呪いでも掛けてやりたいところではあるが、僕には呪術的な知識も才能も無いものだから、ただただ静観する他無いではないか。  ――どうすればいいんだ。  僕は頭を抱えてコーヒーカップを見つめる。  妻も頭を抱えてコーヒーカップを見つめる。  暫く頭を抱えてコーヒーカップを見つめる。  見つめて唸る。  うんうんうんうん。  一体、どうすればいいんだろう。  あと、今更どうでもいいけれど、僕は昨日、一体何の考え事をしていたんだ?  思い出せない。  思い出せないし、妻の気付きが怖い。  妻の気付きが怖いし、思い出せない。  わけがわからない。
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