忘却と食材と僕

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 しかし、こうして考えてみると、思い当たる節が次々と現れ、余念がない。  考えれば考えるほど、別の火種が甦ってくるようで、むしろもう考えるのが怖くなってきた。  というよりも、これだけ思い返しても答えが出ない以上、おそらく考え続けても答えは出てこない。  それに、なんだか腹が立ったついでに妙な勢いも出てきたので、いっそ妻に直接昨日の火種を確認してやろうと思う。  更に怒られることは承知しているが、考えていても仕方がない。こういうことは勢いが大切だ。  僕は妻に聞く。 「あのさ、君がまだ怒っていることを承知で聞くんだけど、昨日、どうして喧嘩したんだっけ。忘れてしまったので謝るに謝れなくて困ってるんだ」  妻はコーヒーカップを片手に僕の正面に座ると、少し間を空け、緩やかに返答する。 「……忘れた」  怒った時特有の意地の張り合いのつもりなのか、妻はそう返してくる。怒っているのは理解するが、でも今はそんな意地はどうでもいい。僕は本当に忘れたのだ。教えてほしい。 「いや、そういうのいいから。デリカシーが無いと言われたらその通りなんだけど、僕は本当に忘れてしまったんだ。わりと僕は今、勇気を持って尋ねているんだ。申し訳ないけどさ、モヤモヤするから教えてほしい」  彼女は間を空けずに答える。 「いや本当に忘れたの。思い出せなくて、いっそあなたに聞いてやろうと思っていたら、先に聞かれた、なんなのそれ。なんなのさコレ。なんであなたも忘れてるの、モヤモヤするでしょ、いい加減にしてよ!」  妻はまた怒り出す。  どうやら本当に、妻も忘れているようだ。  しかし、そう言われても、僕にはどうしようもないので、本当に困る。
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