忘却と食材と僕

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「じゃあ、お互い忘れたということで、この件はもうおしまいということでいい?」  僕は妻にそう提案する。思い出せないことはモヤモヤするが、これで喧嘩が終わりとなるなら、僕は我慢しようと思う。 「いや、モヤモヤする。別にもうあなたに対してどうこうとか、そんなことはどうでもいいので、とりあえず昨日の怒りの正体を知りたい。モヤモヤする。たぶん、どうでもいいことで怒ってた気がするんだけど、気になって仕方がないの」  ……若干の温度差があるようだ。  しかし、これだけ考えても答えが浮上しなかった以上、僕はもう駄目な気はする。もちろん、僕もモヤモヤを解決したい気持ちはあるが、また喧嘩の種を掘り起こすことに恐怖がないわけでもない。どちらかと言えば、このまま流れていってほしい話題でもあった。  しかし僕の意思に反して、妻は頭を両手で抱えながらコーヒーカップを凝視している。本格的に思い出そうとしているようだ。 「なんだっけ…… なんだっけ…… あぁ腹立つ……」  うわ言のように妻は呟く。  少しイスを下げて眺めていると、精神に異常をきたしたのではないかと、少なからず心配になってくる。なんなら、可哀想にも思えてきた。  というよりも、どうでもいいことで怒っていたと記憶しているのなら、もうどうでもいいだろうとも思うのだが、不器用にしか生きられない妻の不自由さを哀れんでおこうと思う。  しかし、僕が悩んでいたときの8倍くらいの勢いで悩まれてしまったので、僕の悩みなんて大したものではなかったのだと、よくわからない冷静さが僕に戻ってきてしまった。どうしたものか。
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