#1「約束の夜」

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 そうこうしているうちに、自宅に着いた。  「着い・・・ちゃったね。」  別れ際、彼女は、寂しそうに、そう言った。  「会いに来ればいいさ。私の家を知ってるのだから。」  「いいの?」  「いいとも。いつでも、おいで。」  「やった! ありがとう、青人。」  「どういたしまして。」  と、私とネコは、この家で、再会することを約束した。  「毎晩、その青い服でいてね! 青人のトレードマークだから!」  ネコは、そう言い、手を振りながら、どこかへ歩き去った。  今夜は、不思議な夢だった。目を覚ますのが寂しくなるくらい。  翌朝、目を覚ますと、自宅のベッドにいた。  昨夜のことは、夢だったのか。それとも、白猫が(いざな)った幻想に迷い込んだのだろうか。  ベッドの上であぐらをかき、考え込んだ挙げ句、これは夢だったのだろうという結論に至った。整理が着き、すっきりした気分でベッドから降り、朝の支度を始めた。  あれ以来も、私は、紺色のネイビーシャツを毎日着ている。なんとなく、着ている。あの子だけは、現実であってほしい。心の奥で、そう思っているのだろうか。  数日後、座り仕事ばかりで、体が鈍ってきた。  運動をしたい気持ちはあるが、何をするか思いつかない。きっと、私の脳は、運動方法を考えたいが、「運動が面倒」という気持ちが邪魔して、すぐに案が浮かばないのだろう。  結局、私は座布団に座り、テレビを見ていた。  ちょうどトーク番組がやっていた。今話題のアクション俳優が司会者と話していた。  「毎日、夕食を食べた後、ランニングをするんですよ。その最中に、俳優仲間と会ったんですけど、思いっきり手を振ったら、『やめろやめろ』って言われたんです。何だよって思ったら、その人、恋人とデート中だったんですよ。しかも、マスコミにバレないように、密かに付き合ってたみたいで。あの時は、申し訳ないなって思います。」  「その人、有名な人なんですか?」  「そうですね。でも、名前は、言えないかな。今もバレてないみたいですし。」  ランニングか、いいな。  俳優の笑い話はさておき、私はテレビに影響され、外に出た。紺色のネイビーシャツを着て。  午後八時ごろ、空は、すでに暗くなっていた。季節は、少し涼しくなってきたため、ランニングには、最適だ。人は、いつもの住宅街を通り、駅前の噴水広場まで走る。  途中、赤茶色の葉に変わった街路樹が目に入る。たしか、この町に戻った時は、緑色だった。  横断歩道を渡り、私は、噴水広場に着いた。我ながらよく走った。それは、荒くなった呼吸と、頭から出続ける小粒な汗でよく分かる。  「一休みするか。」  私は、噴水のそばにあるベンチに座った。右を向くと、すぐ近くに、交番がある。独り身の私にとっては、今や、保護者のように、安心できる。  私の住む町は、最寄りが終点駅だ。噴水広場の奥に進み、バスロータリーを過ぎると、その駅に着く。そこそこ人気のある町だ。未だに、駅前には、人がまばらにいる。噴水広場からも見えた。  とはいえ、この町に、魅力はあまりない。山、川、森と、自然豊かなことぐらいだ。そのため、バーベキューや山登りをしに来る観光客が多い。  今も、何人かの若者が私を通り過ぎた。彼らは、スマホをいじりながら、話していた。画面の光で見えた顔は、何だか、冷めていた。前にテレビで見た、雪女に凍らされた人のようだった。  それを見て、私は、不快な過去を思い返す。  以前、私の友人に、同じような人がいた。  大学時代の彼は、良い人だった。昼休みになると、いつも、食堂で。授業が同じだと、休み時間に話したりしていた。  ところが、卒業してから、彼は変わった。食事をしながら、思い出話をするのだが、彼は、スマホをいじりながら、聞いていた。一方的に話すのは、私。友人は、うなずくばかりだ。  私は、スマホで何をしているのか、聞いてみた。すると、彼は、メッセージアプリで、彼女と話していると言った。この後、私は、彼女ができたことを祝った。  しかし、心の中では、複雑な気持ちを抱えていた。友人に彼女ができたのは、嬉しい。とはいえ、目の前に友人と話しているのに、スマホで、他の友人と話している。この行動が、私には、快く思わなかった。それ以来、自然と、彼と連絡することすらなくなった。  そんな過去を、夜の景色を見て、忘れようとする。暗い夜の町を、タクシーとバスのライトや、街灯が照らす。  そんな景色を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が私を呼んだ。  「青人(あおひと)!」  聞き覚えのある声だ。後ろを見ると、夢で見たはずの彼女がいた。  「えっ・・・。」  私は、動揺し、その一言を発したまま、黙ってしまった。ネコは、私の目の前で、手を振る。
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